再生への旅

アクセスカウンタ

zoom RSS 新到さん、行ってらっしゃい!あれから一年

<<   作成日時 : 2013/03/27 04:11   >>

トラックバック 0 / コメント 0

画像


春の山から墨染の袖ひらひらと 玉宗

一年前の今日、弟子の孝宗を僧堂へ送り出した。
目と鼻の先の大本山總持寺祖院とは言え、安居僧であることには違いなく、近くて遠く、遠くて近い存在である。肉親という血を分けた分身ではあるが、仏法の血脈を嗣ないでいるとはお世辞にも言えない。未だその道の端緒についたばかりである。

そろそろ今春上山の新到さんがやって来るころだ。孝宗も一年経って「古参」という立場になる。慢心せず、安易へ逃れず、先輩として恥ずかしくない精進の手本を示さなければならない。それもまた彼の新し修行の展開なのである。御開山の膝下であることは勿論、山内の役寮さんや大衆さんの法助や威神力を戴いて今があることを忘れてはならない。

一年前には想像すらできなかったであろう僧堂生活、仏弟子の世界。この一年、それを目の当たりにし、身にも心にも自得するところが些かなりともあったであろう。それは彼にとって間違いなく苦楽や彼の思いを越えてやってきた新鮮な現実であったにちがいない。これから先の日々もまた、今現在彼が抱いている見解や夢や不安や期待や妄想を遥かに超えて「今、ここのいのち」が来たり去ったりすることであろう。いつも、どこでも、だれでも、そのような生々しい、予想外の、新鮮な自己のいのちを生きているのである。

道は歩き始めたばかりである。半途にも至ってはいない。然し、半途なれどもいのち全分の行持ではある。法の為に身心を惜しみ、法の為には身心を惜しまないといった功夫がこれからも続いて行く。不退、不転、愈々志を強く弁道してほしい。

仏道という舟に乗り、仏法の沖に出る。沖にでれば新しい沖の世界が見えて来るものだ。日々是好日。日々是修行。歩々是道場。歩々是自己。諸行無常に棹さして自己の世界をしっかり見極め、戴き、決着し、捨て去る。一生、その繰り返しである。無一物を担い来たって、無一物を担い去る。修行はなにかを付け足すことではない。空っぽになることだ。そのような仏道の威儀に救われ、仏法の真実に生きること以外に、出家の面目があるとも思えない。

自己を生きるのは自己であり、自己の灯明を掲げるのは自己のみであること。自己の生を明らめ、自己の死を明らめること。人生の一大事が欲望の彼岸にあること。それこそが仏弟子の本懐である。師匠である私はそれ以外のなにものも修行の成果を期待してはいない。

それにしても一年とは言え、よく修行に耐えたものである。親ばかと笑われようが、私自身の初学を省みても、彼の方が余程全うな修行ぶりなので感心している。私の場合は初学の頃から破綻のしっぱなしである。全う過ぎても心配ではあるが。いずれにしても、師匠は弟子に越えられる日を待ち望んでいるものだ。

改めて法助の有縁に感謝申し上げ、尚一層の御法愛、御指導を冀うところである。合掌

画像


「春の蠅」

添ひ遂げるつもりの夫と春の蠅

生きながら腐つわが身ぞ春の蠅

徒食して春の蠅など見てをりぬ

人を待つ耳に音なす花の雨

接木せし夜風かよへり枕上

折り取りし柳を挿木して去りぬ

種芋の納戸に恋を夢見たる

いたどりを噛むや酸つぱいふるさとの

鶯に木偶の坊とぞ呼ばれけり

たんぽぽの恥辱に似たるあかるさよ

見た目には如才なく生き豆の花


ランキング応援クリック
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 禅・坐禅へ

にほんブログ村 ポエムブログ 俳句へ

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人間・いのちへ

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
新到さん、行ってらっしゃい!あれから一年 再生への旅/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる