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zoom RSS 今日の諸行無常「2040年、能登の人口が半分に?!」

<<   作成日時 : 2013/03/29 05:05   >>

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鶯や空に油断をしてゐたる 玉宗

昨日の地元紙・北国新聞の一面に「2040年に能登の人口が半分」といった大きな見出しの記事が載っていた。27年後の予想である。
輪島市に至っては数年前に門前町と合併し3万人台をなんとか維持しているようだが、27年後には約1万5千人である。市の条件として3万人以上と聞いたことがあるが、将来も近隣の町村合併で市の体裁を保っていくのだろうか。人口の数に拘るのもここに至っては虚しい限りである。
人口分布の偏りが著しい現代日本ではあるが、国土に於ける適正な人口密度といったものがあるのではなかろうか。人口が増え続けるというのも有り得ない話ではある。少ない人口なりに物心両面豊かな暮らしが出来る社会にならないものか。

それにしても日本社会の少子高齢化が指摘されて久しい。その影響はお寺の世界にも波及し、後継者不足により寺院の統合や再編に拍車がかかろそうだ。
自坊も倅が仏弟子の道を歩みだし、一見後継者を得て安泰かのようであるが、社会情勢を考えるとお寺の将来も安閑としていられるものではないのは自明である。今でも少ない檀家で伽藍の維持管理に苦労している。師匠と同じ道を志しているのは嬉しい限りであるが、これまで以上に対社会的に苦労する道でもあろうかと思えば、親として聊か申し訳ない思いが湧いてくる。

後顧の憂いなきようにするのが住職でもある私の勤めなのであるが、思えば先代住職から引き継いだ俸禄を食いつぶしてきただけだったようにも思えて来る。もっといえば、今の私の存在そのものが、釈尊の余禄に預かり、脛を齧って生きているようなものかもしれない。よくぞ今日まで生かさせて戴いたものだ。逞しいのか、図々しいのか、憚りながら生きてきたつもりであるが、そうでもないらしい。あまり偉そうなことを言うものではないと反省している昨今である。

なんとも心もとない住職ではあるが、後継者には少ない檀家であっても仏道の身を大事に生き伸びて欲しい念の切なるものがある。仏道に生き切ることと寺院管理は又別の才能であろうと思っている。貧しいお寺ながらも立派に仏道を歩むことだってできる。

それにしても人口減少、もう少しなんとか手を打てないものか。

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「朧夜」

妻といふ朧月夜を娶ひけり

朧夜の雲のやうなる枕かな

生き死にのこゑある花に疲れけり

島見ゆる丘の蓬を摘みにけり

山肌のひなたを追うて蕨狩り

梅一輪矜持といふも悔ひに似て

初花やおもかげいつもほの暗き

いぬふぐりそろそろ家へ帰らうか

菜の花やわだかまりなく空晴れて

畔焼きの煙り入りくる坐禅堂

恥しき恋して風の光りけり




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