再生への旅

アクセスカウンタ

zoom RSS 拝啓、良寛さま・その12「仏道の自立」

<<   作成日時 : 2013/04/01 04:13   >>

トラックバック 0 / コメント 1

画像


春の闇どこかで水のくぐる音 玉宗

拝啓、良寛さま。
今日から四月となります。境内の桜の蕾も大分大きくなりもうすぐ開花となりましょう。
僧堂では今月中旬から前期の夏安居に入ります。弟子も一年の修行期間を過ぎて、二巡目の行持が始まっております。忝いことに今制中、首座の配役となり、大衆に率先して弁道に励む機縁を頂戴いたしました。
余所見をせず、まっすぐ精進することを祈らずにはおられません。

良寛様は玉島円通寺に於いて十年以上の修行をされました。その間、門前の民と誼になることもなく、愚のごとく魯のごとく自己究明に精進されました。そのような他の塵境に出入りせぬ、木偶の坊のごとき、なりふり構わぬ志といったものをわが弟子にも期待しているのではありますが。私自身の初学を省みて、余り偉そうなことをいえないところもあり、ただ見守るしかないというのが実情であります。

ひとたび、発心して僧堂の門に入ったからには、煮て食うなり焼いて食うなり、信頼した道場の指導者に身心を任せるしかありません。一旦、わが膝下を離れたからには、親や師匠というものはただ待つしかないのでありましょう。世の血肉の世界にも「親孝行」という言葉があるように、仏法を相伝する世界にも「孝順心」といった報恩の道があります。

「親孝行」がそうであるように、仏道における「孝順心」もまた、真の「自立」こそが求められていましょう。自己を究明し、決着し、戴き、尽くし、仏道の威儀になり切る。自己を確立し、自立した仏弟子として生きる。それだけが「孝順」の正道なのではないでしょうか。

私は親ばかと笑われてはいますが、そのようなことは取るに足りないことと承知しております。弟子の修行の足を引っ張るのは、私の親ばかなどといった他愛もないものではありません。それは弟子自身の中に巣食い、宿っている無知や愚かさに違いありません。その「闇」に気付き、その「闇」と闘わなければなりません。それは誰も代って貰えないいのち頂くことの真相でありましょう。

甘やかすつもりなど毛頭ありませんが、甘さ、辛さは自得するしかありませんし、彼自身が今現在どれほどの志を以って弁道に親しんでいるのか。それだけが問われ続けていくでしょう。それもまた師匠である私は、ときに身守り、ときに後押しし、ときに励まし、ときに喜び、ときに褒めてあげたいものと思っております。

天神地神の御加護の下、弟子の修行が具足円満に成し遂げられんことを祈るばかりです。合掌。

画像



「春の服」

春服の淡き影もつ歩みかな

春の服光りに抱かれゆくところ

騙されてみたしと春を装ひぬ

春装の月に呼ばれし旅人かな

もうだれも振り向いてはくれぬつくし

畑打ちの母や夕日を憎めども

春ショールゆるやかにして隙のなき

人生の最果てに聞く初音とも

死ぬる日が見えてしまへり花大根

地獄まで菜の花あかりして困る






ランキング応援クリック
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 禅・坐禅へ

にほんブログ村 ポエムブログ 俳句へ

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人間・いのちへ

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
禅語を検索してて ここにたどり着きました
禅に興味がある50代の男です

大変興味深いブログなので
http://blog.goo.ne.jp/takehisa-aki/

僕のブログへリンクいただいて帰ります。

ぶく
2013/04/01 10:37

コメントする help

ニックネーム
本 文
拝啓、良寛さま・その12「仏道の自立」 再生への旅/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる