再生への旅

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zoom RSS 自己との和解

<<   作成日時 : 2013/05/22 04:28   >>

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蝶となり海をわたらむ夏薊 玉宗

いのち、それは授かりものである。いのち、それは私の恣意を越えて遙からやって来た。それはある意味一方的なものである。人生の苦悩とは授けられたいのちとの格闘に見えなくもない。

一度生れ落ちただけでは私は自己に落着できなかった。人生の意味、とか意義、それもまた自己の専権事項として授かったアポリアである。生きながら生まれ変わる。それは自己との和解の道であると言ってもいいのではなかろうか。にんげんとは如何にも手間の掛る存在ではある。

いのちありのままで、なんの不足もない。そんな和解の世界。いのちなんともない生き方、まなざし、地平があっていいだろう。自己のいのちと和解できなくて、なんの人生であるか。自己完結できないままに外の世界を駆けずり回る。それってどうなんだろう。

自己決着できないままに生きるというのも、どこか危うく、そして如何にも勿体ない。神との約束を違えているような気がしてならない。

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「海霧」

虎杖の花へ海霧迫り来る

海霧に呑み込まれたる夏薊

海霧の向かうに卯波寄する音

海原はさびしきところ夏燕

はまなすの花咲くかぎり父なき世

人の世に二の足を踏む百足虫かな

わが庵は蜘蛛が囲を張るほとけかな

朝蜘蛛の小さき光り逃しやる

襟足に齢ありけり花菖蒲

夏ひとり高舞ふ鳶の驕りかな

小満の花見て過ごす悔しき世






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