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zoom RSS 北海道の旅・その1「開山忌法要随喜」

<<   作成日時 : 2013/05/28 00:31   >>

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アカシアの雨に錆びゆく鉄の街 玉宗


24日から27日まで北海道へ出かけていた。
室蘭のお寺で開山忌の説教を依頼されてのことである。四半世紀以上も前に役僧としてお世話になっていたご縁から、現住にお声掛けを頂いた。人様の法要で説教するような柄でもないのであるが、以前からの誼と懐しさに抗えず、二つ返事でお引き受けしたことである。例によって、道中の露払い、ナビ役として夫人を同伴した。彼女もまた、室蘭には一方ならぬ思い出があった。

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結婚してまもなく長女が生まれ、落ち着くまもなく家族三人で室蘭での暮らしが始まったのである。私も夫人も夫婦なりたて、親になりたて。謂わばそんな夢と不安の中での手探り生活の一端の始まりではあった。
それにしても室蘭の変わりようには改めて時の流れを感じたものである。能登も人口減少に歯止めがかからぬ現状だが、室蘭もまたこの間20万人近くあった人口が半分を切っているのである。その要因は能登とは違ったものではあろうが鉄の街のイメージと相伴って錆び行く風景に一抹の寂しさを感じるのであった。

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予定の前半は謂わば公用であり、役を果たすまではどうしても散文的にならざるを得なかった。俳句はお預け。
説教では能登半島地震に被災した私自身の体験話といったものであるが、それとあわせて再生の日々のなかでの「諸行無常からの学び」といったことについて、ささやかな気づきを述べさせて頂いたことである。

法要には30人を超えるお坊さんが随喜し、200人ほどの参拝者が本堂を埋め尽くしていた。恒期法要でこれほどの大規模な法要となるのだからたいしたものである。興禅寺などとは比べ物にならない規模である。私にしてみれば毎年晋山式をしているようなものである。私などにはとても勤まりそうもない。小さなお寺には小さいなりの苦労もあるが、大きなお寺にもそれなりの苦労があるものだとつくづく感じた次第。

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参拝された檀家さんの中には私の記憶に残っている人が数人いた。また逆に私のことを覚えておられた方もその倍ほどあって声を掛けていただいた。お坊さんとは人に見られている存在なのだなと思わされたことである。

説教は例によって次第に自己陶酔に嵌り持ち時間を大幅に超えてしまった。後で夫人にだめだしをされたもである。それでもなんとか責任を果たすことができ有意義な法要随喜となった。お寺もこの間さまざまなことがあったようだが、人の付き合いもよく、まじめで檀家さんを大事にしている様子の現住である。厳しい室蘭の現実であろうが、しっかりと三宝を護持されていくことであろう。再会を約しその日のうちにレンタカーで函館へ向かったのである。

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