再生への旅

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<<   作成日時 : 2013/06/11 04:05   >>

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繍線菊や声なき声に支へられ 玉宗

東日本大地震の被災地への思いを何度か記事にしているが、先日UPした「復興の柱」への考察が、そのままわが「人生の柱」であることに改めて思いいたっている。私は「諸行無常」こそが「復興の柱」でなければならないと述べた。それは私自身の中にあるいのちの光りと闇に揺れる存在を越えた世界を支えとするということであった。そして「生きることをあきらめない」ことこそが諸行無常からの学びであること。人生は学びの連続であること。

「人生の柱」を換言すれば「生きるコツ」というようなものである。
われわれは様々な人生の局面に接し、躓いたり、勢いづいたり、停滞したり、行き詰ったり、なんともなかったりする。それは諸行無常の端的を目の当たりにしている今の私の様子である。
言うまでもなく、人生を語るとは生きることを前提とした話しである。限りあるいのちという条件付きの存在を、どのようにして無条件に受け入れることが出来るか。仏道を語るとはつまりそういうことである。

生きるとは死へ向かって歩みを進めることである。死へ向かって学び続けることである。自己を死という拡散へ向かって一体化することである。私は私になるために生れ、生き、死ななければならない。それはそのまま、私は私を越えたものと一体でいる為に生まれ、生き、死ななければならないといった仏弟子としてのあり方と同義なのである。

ところで、生きるとは欲望の充足を意味する。欲望はときに諸行無常の現実に迷い、目を瞑り、行き詰ることがある。人生とは再生の連続である。日々生まれ変わらなければならない。というよりいのちは常に生まれ変わっている。そこに目覚めているかいないか。私の中にある諸行無常の可能性。それは私の欲望を越えた領域からやってきたり、去っていったりする。私の再生とは私の執着を捨てる地平に展開するものの様である。

「生きるコツ」とは常に単純である。「生死の悪あがき」を止めればよいのである。単純なことができないほど人間は様々な「癖」を身心に沁み込ませてしまっている。いのちありのままに戴き、施すことの困難であることを現実は教えている。迷ったら立ち止まり、素に戻ることも大事ではなかろうか。本末転倒の妄想を止めて元の位に還るに越したことはない。私が満足してもしなくても、なんともない有難いいのちの今がある。仏道とは竟にこの事実に落ち着くこに尽きるのである。


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「不立文字」

やがて死ぬ旅の途中の夕焼かな

裏返る水母の無聊思ふなり

玉葱を吊るす帰らぬ人の世の

急かされて田螺つまずく泥煙り

赤腹の月を打つたる水の音

首擡ぐ赤子の先や青田波

なにもかも過ぎたることよ釣荵

沢蟹の諸手を挙げて星涼し

菠薐草噂話のきりもなく

産まれたることに疲れし鹿の子かな

ステテコが香典袋探しをり

攫はれて来たるがごとき竹の子よ

月光に濡れしくちなは巌の上

桑の実を潰したやうに家出せし

雲母虫不立文字の闇の中

昼寝して仏の母にまみえけり






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