再生への旅

アクセスカウンタ

zoom RSS ばあちゃんの毎日回峰行!

<<   作成日時 : 2013/06/23 03:55   >>

トラックバック 0 / コメント 5

画像


たらちねの懐深しはたたがみ 玉宗

兼務寺である永福寺には夫人の母と姉が留守を守っている。
今年92歳になる義母は、能登半島地震被災前に夫である先代住職を亡くした。長年住職と共に檀家のないお寺を苦労して護持してきた義母である。寺族として他所見をせず住職を補佐し、仏様の方を向いて専心生きてきたと言ってよい女の人生がある。

数年前から脚が弱くなり、杖を使わなくては危なくて歩けないようになった。日中はベットで横になることが多くなったが、今でも私の着物や衣の綻びを縫ってくれたりする。朝晩、毎日本堂をお参りすることを欠かしたことがない。今でも杖をつきながら、ときに喘ぎならが18間の道中を行ったり来たりしている。お寺はバリアフリーもしておらず、当に谷あり山ありの回峰行であろう。

画像


毎月23日はお地蔵さんの逮夜縁日であり、永福寺では昔から夕刻から法要とご詠歌を奉納している。といってもお参りしているのは夫人と義姉と義母、そして義姉の友人の4人だけである。昔は多くの講員と共にお唱えしていたらしいが、時を経るにしたがい寺族だけのお参りごととなっている。

そのご詠歌の奉詠も義母には体力的に出来なくなり、欠詠することが多くなった。ある時、本堂に出て来ないので、体調が悪いのだろうと思い部屋を覗くとさめざめと泣いていたことがある。夫人の話ではご詠歌も唱えることが出来なくなったわが身が情けないのと仏様に申し訳ない、といった思いが義母を泣かせたらしかった。そういう女性なのである義母は。

画像


7年前に連れ合いを亡くし、一層淋しい思いをしているであろうことは想像に難くないのであるが、娘二人と出来の悪い婿養子と共に、仏様に支えられているという信念に生きているといってよい。耳は遠くなったが記憶力は衰えていない。ボケることはないようである。私よりも余程精進して生きてきたと言ってよい。
そこには、一期一会の、待ったなしの今日のいのちに手を合わせて暮らしている姿がある。生老病死がある。

末永くばあちゃんの回峰行が続いてほしいものと願って已まない。

画像


「安居」

けものらの息ひそめてや安居寺

仏弟子の由緒正しき昼寝覚

鐘撞いて暫し戻らぬ螢かな

羅や風にさすらふここちして

拘りのなくていささか黴臭き

雲水の羽根のやうなる夏衣

托鉢の笠にうかがふ雲の峰

夏籠や氷室饅頭頬張りて

百日紅まぶしき空のあるばかり

梅雨冷やあの世へ落つる銭の音
 




ランキング応援クリック
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 禅・坐禅へ

にほんブログ村 ポエムブログ 俳句へ

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人間・いのちへ




テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
上品で頭のよいお義母さま。気丈で懸命に今を生きる様が伝わって参ります。どうかこれからもご家族で見守ってください。
閑話ノート
2013/06/23 05:42
閑話ノート樣。
ありがとうございます。見守りつつ、見守られつつ、今生の縁を戴いて参ります。合掌
市堀
2013/06/23 07:20
「独りを慎む」という言葉を思い出しました。お義母様の、一人いるときにこその立ち居振る舞いに感動を覚えました。

2013/06/23 18:36
失礼な言い方ですが「この母にしてこの子あり」を絵に描いたような(日頃伺っていますので)お写真、お話だと思っています。
閑話ノート様、宙様の仰る通りです。
花てぼ
2013/06/24 10:20
宙樣。
大正生まれの義母です。時代を感じますね。一人を慎むという言葉も死語になったような現代です。

花てぼ樣。
私もそう思っています。(^^)
市堀
2013/06/24 13:03

コメントする help

ニックネーム
本 文
ばあちゃんの毎日回峰行! 再生への旅/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる