再生への旅

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<<   作成日時 : 2013/06/26 04:37   >>

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夏萩のまだ込み合はぬ枝垂れかな 玉宗


諺に、「終わりよければすべてよし」とある。ものごとは最後の締めくくりが大切であるということなのだろうが、世間では結果がすべて、取り繕ってまでしても結果の見栄えの良さを問題にしているかのようである。

ところで私の見た限り、人生の時々において人間は間違いや失敗などを為すことが多いのが相場である。いつ終わるともしれない儚くも危うい人生。思いもしない突然の締め切りに迫られるかもしれない。予想外なる諸行無常の現実がある。私は今日死んでもよしと言えるだけの生き方をしているだろうか。あやふやなままにときを過ごしてはいないか。「終り良ければ云々」はそんな過程を生きている私への覚醒のことばであり、生きる方向付け、現在進行形の大切さを諭しているものとして受け取りたい。

精一杯生きて、それでも間違うのが人間の現実である。大事なことは、過ちを糺すに憚ることない柔軟な精神であり、そのような姿勢こそが人生を創造的なものにする可能性があるのではないか。人はその銘々の人生に目標を掲げてこそ、その実現のために努力ができる。目的や使命感を欠いた今の自分のあり方に人生の価値や意味を見出すことは困難であろう。「人間とは志を持って生きる動物」である。

人生の方向付けがあればこそのいのち生まれてきた価値や意義であろう。そうであってこそ、人生を創造するプロセスや生きている今の瞬間に力を尽くせるというものだ。そういう意味では、初めの一歩こそが人生の大事を決定付けるものであり、生きるとは、終りを当てに出来ない今をありのままに受け入れ前向きに歩むことに尽きるのではなかろうか。

欲望の延長線か、欲望を超えた世界か、私はどっちを向いて生きているのか。いつも初めの一歩が試されている。

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「あかるさ」

玫瑰や身ぬちに沖のやうなもの

緑陰へ入水せしごと入りけり

虎尾草の誘へる藪へ踏み込みぬ

狐の提灯月影ほどの明るさの

螢袋家路のやうに咲いてをり

夏至過ぎてだれもかまつてくれぬなり

椎若葉てのひら透かすことをして

きのふよりけふのあかるさ金糸梅

泰山木月夜の如く咲きゐたる

従兄なる明るきものと西瓜喰ぶ

さみだるゝみな仄暗きかほをして





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