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zoom RSS 今日の妄想・石橋を泳いで渡る?!

<<   作成日時 : 2013/06/28 04:30   >>

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泰山木月夜のごとく咲いてをり 玉宗


来月早々に近づいた弟子の法戦式。
親ばかを承知で祝宴を計画しているのだが、ここに来て中々準備が捗らない。それもこれも万事に於いて慎重、綿密を信条としている夫人と、万事に於いて大雑把な私との兼ね合いが難しいからである。石橋を叩いて渡る夫人と橋がなければ泳いで渡ろうとするわたし。結果的には私が折れることになるのだが、負けるが勝ちとは言え、夫婦の中では正直それもなんだか悔しい。

主に記念品を何にするかといったことや、祝宴の座席の割り付けをどうするかといったことに頭を悩まし、何度もシュミレーションしては已まない夫人。決断する気があるのだろうかと疑いたくなるほどである。私はと云えば、頭を悩ますことなどとっくに御免蒙りたい人間。お互いイライラが募り始めている。

夫人にしてみれば「こころ配りを手ぬかりなくするのが祝ってくださる人への真心というものだ、といったことなのだ。それはそれで尤もだ。それにしてもである。

「あんたね、石橋を叩いて渡るのもいいけど、叩いてばかりいて渡る気があるのかい。終いには石橋が割れてしまって渡れなくなるってこともあるんじゃないかえ?!さっさと決めれんかのお〜」

「なに馬鹿なことをいてるの!お父さんは橋がなくても泳いで渡るんでしょうけど、後の人はどうやってわたればいいの?!」

「だから、わしが泳ぎ方を教えてやるって!というか、渡る世間に鬼はないとも言うし・・・、そうだ、中道でいこう。石橋を泳いで渡ればいいんじゃないか!」

「意味わかんない・・・」

まあ、結局はおもてなしのセンスの問題なのだろうと思う。こころの通わせ方のセンスって言うんですか・・・。というか、こんなに懸け離れたセンスの持ち主が夫婦としてよく30年続いて来たことも奇跡ではある・・。


というような次第で、今日も遅々として計画が進まないながら暢気に二人で散歩などをしているのであった。決まった事と云えば、記念品に私の色紙を添えることくらいかな・・・。もしかして夫人はそれが今でも気に入らないのではないか?余り追いつめるとフリーズしてしまう夫人である。触らぬ神に祟りなし。まあ、これで良しとするか。あとは夫人の気がすむようにさせてあげよう。くわばら、くわばら・・・。


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「燕の子」

蕗の葉を升にして汲む苔清水

苔生せる山の股ぐら滴れる

旅人の如く泉へくちづけす

焔の色の口を差し出す燕の子

子燕の息潜めてや人の上

空はうつろになだれて已まぬ濃紫陽花

母病める片白草の窓辺にて

村一つ寝かしつけたる大暑かな

くちなはを捕へて妻に見下げられ

鳴く声もやはり烏の子でありぬ

空の果て海の果てある夏燕

海山のこゑにそば立つ花うつぎ







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