再生への旅

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zoom RSS 地蔵さん縁日参り

<<   作成日時 : 2013/07/24 03:46   >>

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須弥山に西瓜の鎮座したまへり  玉宗

毎月23日はお地蔵さんのお逮夜を勤めに、兼務寺である輪島の永福寺に戻る。
永福寺は約百年前までは門前の興禅寺に隣接していた。
同じく總持寺の直末寺院であったが、本山が横浜へ移転するという激動のさなか、当時の篤信者の要請に応えて現在の輪島市に移転し、鳳来堂という千年以上の歴史ある仏と合併した経緯を持っている。本山移転以前は永福寺や興禅寺のような末寺が總持寺の門前にいくつも連なっていたのである。
小さいながらも廃寺を免れた数少ない地元の本山直末寺院を二つ兼務することになるとは考えも、想像もしていなかった。

永福寺の本尊はルシャナ仏である。脇侍に地蔵菩薩と如意輪観音。どうした訳か、脇侍仏の二尊が昔から霊験あらたかとして近隣在郷の信者に崇められてきている。如意輪さまは能登国観音霊場の30番札所担っている。

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ところで、同じ輪島市内でも、旧門前町では当日の日中に命日や仏菩薩の縁日とするが、旧輪島市ではお逮夜ですることが多い。県民性の違いはよく話題にのぼることがあるが、私の見る限り、せいぜい20キロしか離れていない輪島市民と門前町民の人柄の違いも相当なものであると思う。

訛りも少し違う。葬式の作法も風習も多少異なる。当然、お布施の中身も些か異なる。
どちらがどうのこうのと優越を言うのではないが、とにかく様子がちがうのだ。よそからやってきた私には当初それが面倒くさくも煩わしくもあったが、今ではそれぞれの風習が面白く、愛おしいとさえ思えるようになってきた。どちらかと言えば、漁師まちで育った私には旧輪島市の方が肌に合っているようだ。

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今日もお逮夜の準備をしていると、窓の外に子供たちの声が響き渡る。
やれやれ静かになったと思ったっら、なにやら視線を感じる。いつものメンバーである。お寺の杏や李を叩き落としては遊んでいる。聞けば、今日は蝉の殻やトンボを探し回っているのだと言う。先代の住職がこんな連中によく声をかけてはかわいがっていたのを思い出す。

永福寺は輪島市内では輪島崎町、海士町などの漁師町に隣接している。輪島市も人口は減っているのだが、海士町に限っては子供が多い!たのもしい限りだ。そして、見ての通り元気がいい。
彼らは私のことを「いっきゅうさん!」あるいは「ぼんさん!」と呼んでからかったりする。海の子は裏表がない。いや、子どもはみんなそうであろう。そのようないのちに接していると、子供は大人の元気のもとでもあることを実感するのである。これも地蔵縁日の賜かな。合掌。




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