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zoom RSS 俳句実作の現場・「くろがねの・20句」

<<   作成日時 : 2013/07/25 05:06   >>

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漆黒の闇の淵より火取虫 玉宗

例えば、「俳句は省略の文芸である」「俳句は引き算である」というようなことをよく目にし耳にする。
「省略」は五七五、最短定型だけの専売特許であろうか。それは「詩」一般の本質ではなかろうか、などと私は疑ってみたりするのだ。また、俳句実作の現場では「引き算」といより、「季語」或いは、「感動」に何を、加えようか、言葉を引き寄せようか、というのが実際のような気がしている。

もう少し、正確な言い方をするならば、「無心」なるものへ「言葉」「感興」が舞い降りてくるのを待っている私がいる。というより、私という器に「無心なる」ものが充たされるのを待っているような・・・それはすでに表現とは云えないかもしれないが、その様子はどうみても「引き算」ではない。「足し算」というにも違和感が残る。

そのほかにもいくつか俳句の常識、又は俳句界の常識というものがある。一度この常識というものを点検してみるのも疎かならないものがあると思うのだが。もしかしたら、それは俳句以前の問題かもしれない。


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「くろがねの」



くろがねのうらがなしさよサングラス

転生のこゑを限りや雨蛙

蝙蝠が引つ掻き回す夜空かな

姉さんが惚れた男のサングラス

鉄線のがんじがらめの花ひらく

ががんぼの忘れし脚が起ちたがる

炎天の首より垂るゝ頭陀袋

頭陀袋さすがに西瓜は入らぬ

住職の獣じみたる玉の汗

あかがねに濡れて昆布を引き摺れる

働いてばかりの父の日焼かな

月涼し土間の南瓜に影生まれ

過ぎたるは及ばざるかと涼みけり

だれもゐぬ燕の巣より土こぼれ

河童忌の夕刊濡れて届きけり

宵祭河童を連れて戻りけり

夕焼けてカインの裔の影を引く

花茗荷母を埋めたる土の色

漆黒の闇の淵より火取虫

ゆふがほの花に暮れゆく水の音









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