再生への旅

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<<   作成日時 : 2013/08/03 05:09   >>

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八月やなんともなくてありがたし 玉宗

今日は興禅寺「施食会」である。

「食を施す」とはいのちを施すこと。施すとは貪りを離れなければ成り立たない。侵し難く、厳粛な、いのちの現実。生き方が問われている。

食を施し施され、ものを施し施され、身を施し施され、心を施し施され、言葉を施し施され、生を施し施され、死を施し施される。いのちは戴きものであり、同時に捧げ物である。。一方的なものであり、同時に互換的なものである。前代未聞にして一度きり。だからこその宝物なのであると心得たい。それぞれがそれぞれの宝物をどう活かすかが試されている。

命ここにあることの奇跡。それは、貪りを離れた真実の身を捨て心を捨てた供養があればこそのことである。親を活かし親を殺し、先祖を活かし先祖を殺し、仏を活かし仏を殺し、神を活かし神を殺し、命を活かし命を喰らい、生き生かされている私。恩は受けた者が感じる筋合いのものである。知らず知らずのうちに、恩知らずな生き方をしている私がいる。目覚めなければならない。再生しなければならない。

命あることのなんともない有難さというものがある。
執着の輪廻を断つことが仏弟子としての自己確立でもるある。傲慢にならず、卑下慢にならず、貪らず、飢えず、満たされていることに目覚め、潤いある人生を歩んでいきたい。


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「合歓の花」


雨降れば雨に煙れる合歓の花

風立ちて紅の眉ひく合歓の花

ぶらさがる外なき胡瓜太るなり

梅を干す指先赤く滴りぬ

とんぼ哀し行く先々を探しては

とうすみや川面の風にさらはるゝ

海亀の背負ひ切れざる神話かな

海原を渡る蝶あり夏帽子

島日記うすばかげろふ見しことを

しばらくは堕落してをり昼寝覚

咲き登るのうぜんかづら散り已まず

八月やなんともなくてありがたし

うぶすなの魂とまぐはふ祭りかな

炎天へ敵を討ちにゆくところ






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