再生への旅

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zoom RSS ある仏弟子の秋意

<<   作成日時 : 2013/09/02 04:59   >>

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秋を探しに出ればままこのしりぬぐひ 玉宗


能登も秋半ばという感じ。
雲や風に、そして人とし思うことにも秋意が漂う今日この頃である。
千変万化して止まない、常ならない世相の中で、十年一日どころか千年一日の如きお坊さんの生き様。わたくし無く無常を生きることだけが永遠へ繋がる唯一の扉でもあるかのような。

然し、私には寺の住職でありながらも、浮草のような仏弟子であるといった感が抜け切れないでいる。仏弟子としての夢や希望や勝縁もあった。失敗も挫折も後悔も失望もあった。よくぞ今日まで生かさせてもらって来たものだと常日頃から忸怩たる思いを抱いている。

人間・市堀玉宗の生きてきたことの総量の果てに今がある。振り返れば清濁併せ呑まざるを得なかった私の人生。そんな私の生き様であるが、この歳になって、「わたくし」に拘ることの愚かさを身にも心にも沁みて肯うことが出来るようになった。鈍い人間である。本来、人様に説教するような筋合いの人間ではないのである。それでも世間は私の存在を許してくれている。それを思えばもう少しマシな仏弟子、マシな人間になれるよう精進をしていかなければならない。

仏様と家族と数十件の檀家に護られての、十年一日の、その日暮らし。私の僧としての力量も凡そ見えている。倅も同じ世界へ足を踏み入れた。死んでゆくときに、仏弟子であってよかったと思えるようにもう少し頑張ってみようと思っている。


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「蟷螂」

蟷螂の泪を拭けぬ手のかたち

寒蝉や日にけにすさぶ空の色

一山の闇に仕へしちゝろ虫

蟋蟀が焦げた貌して現るゝ

ひとりより二人は淋しちんちろりん

なほ奥に虫の闇ある逢瀬かな

褐色のうらがなしさをつづれさせ

用足して竈馬と仰ぐ後架の月

鉦叩ひとり眼ざめし夜の隅に

じつとして鳴かぬ竈馬の怖ろしき

亡国の枕が下やきりぎりす






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