再生への旅

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zoom RSS 彼岸花雑感

<<   作成日時 : 2013/09/23 05:02   >>

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死ぬことのいのちはなやぐ曼珠沙華 玉宗

秋の彼岸も今日が中日。昨日はご法事があり、弟子と共にお経を挙げお斎にも同席した。
お経の後で彼岸花に因んだ法話をした。

境内の一隅に彼岸花が咲いたのだが、昨年まで咲いていなかったので目を疑った。植えた覚えがないのにどうしたことだろうか。確か球根から育つ花の筈である。ときどき苗木を植えかえするので、その土に球根が混じっていたのか、或いは植えたことを私自身が忘れている可能性もある。いずれにしても、まさしく「いきなり咲く」といった風情の花ではある。
「死人花」とも呼ばれる彼岸花。日を違えることなく彼岸の頃に咲きだすので、冥土の使いみたいなイメージが出来上がってしまったのだろうか。どちらかと言えば「杳」なるイメージがあるが、実際のところはよく見ると結構華やいで、艶やかな花である。咲いていることが十分に目立つ花である。そして彼岸過ぎると共に赤い花も消えて、あってなかったことのような存在感。なんだか夢だったような、狐に抓まれたような出会い、そんな花である。

翻って、人のいのちのあり様に思いを致すとき、死ぬるいのちであればこその今生の華やぎ、輝きなのであろうことに気付くのである。私一人きりのための豊かさと儚さを兼ね備えている限りあるいのち。それは空しさがその身上であり、そうであるが故のこだわりのない世界への回帰、信頼がある。あらねばならない。切れながらも繋がっている一体性。私という今生の、一期の花を咲かせるために世界からの無駄使いといっていいような惜しみなさがある。思えば途轍もないことである。

すでに世界からの「信」に生きている私、の一期一会、私の、諸行無常。天地一杯の花であることに目覚めなければならない所以である。

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「秋思」

背伸びして軋む五体や初紅葉

馬追の怒りに沈む夜の帷

結界に忍び込んではつづれさせ

あの雲に乗り遅れたるる秋思かな

秋蝶につれなき空のあるばかり

月光に濡れしまなこを瞑るなり

鐘撞いてまなこ潰れし月の僧

暮れてゆくものの匂ひや秋深き

火の色のうらさびしさを曼珠沙華

身に入むや手足に裏と表あり

夜を渡る霧の向うに海がある

秋風に冷飯を喰う男かな

海猫帰る番屋の屋根のごろた石





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