再生への旅

アクセスカウンタ

zoom RSS 父と子の風景

<<   作成日時 : 2013/09/04 05:14   >>

トラックバック 0 / コメント 0

画像


臍の緒の行方も知れず秋の風 玉宗


先日、雨の晴れ間をみて久しぶりに輪島の鴨が浦海岸を散歩した。
見れば、ひと組の父子が魚釣りをしている。子供は中学生くらいであろうか。父が頻りに釣り方を子供に教えている。中学生の頃は反抗期でもあることが多いが、頼りがいのある父なのであろう。楽しそうにしている様子が窺えて微笑ましく、そして羨ましかった。

反抗期といえば、時々夫人と話題にするのは、わが倅に反抗期らしきものがなかったということである。大人になってその反動がありはしないかと危惧したりしている。親に対する理屈を越えた嫌悪感や憎愛といったものが無い筈はないと思うのだが、恐らく内に抱え込み、処理してきたのだろう。物腰や考え方、性格も夫人に似て大人しく、人に優しい方で、激昂することを見たことが無い。好きな事には熱中し、ひとり遊びのできるタイプであろう。

私と実父との関係は、あればあったで、なければないで気になる空気のような存在であった。私には父に叱られた記憶がない。そんな親に対してそれなりの愛憎はあったが、父や母を想わない事はなかったし、自分なりに父と母の生きる姿を目に焼き付けては生きてきたようだ。私は親に面と向かって反抗的言動をしたことがないが、結果として出家という不服従、親不孝をしでかして今に至っている。倅もそんな私のDNAを受け継いでいるのだろう。引っ込み思案で、弱虫、泣き虫などは確かにそう思わせるのに十分な性格である。

彼も既に、曲りなりにも父と同じ仏道を歩き始めている。お寺さんの世界もまた人間社会である。人間関係という山河を渡っていかなければならない。彼に人生の荒波を超えていける脚力があるだろうかと心配でもある。
しかし、そのような心配も父という人生の反面教師の言い分、頼まれもしない勝手なお節介に過ぎなのかもしれない。親にとって、子の自立こそが一番の孝行であるように、子にとっても親の自立が最も望んでいる存在意義であろう。子供を育ててやっている、心配してやっているなんて妄想は持たない方が身のためである。

親が無くても子は育つ。親があっても子は育つ。そうではあるが、子供がなくては親にはなれない。親がなければ子にはなれない。既に一期一会の今生の縁を戴いている。今の命を真っ直ぐ戴き、施すことの大事さに父も子もあるまい。共に人生の最先端を生きている。


画像





「鳥渡る」

鳥渡るらし文庫本をポケツトに

胸に秘む露草ほどの美しきもの

蕎麦咲いて筋金入りの寂しさよ

鈴虫や月に触れゆく夜の雲

家出して裏の高きに登りけり

街の灯に濡れし露店に梨を売る

よるべなきものみなゆれて風の秋

死ぬときはちんちろりんと眼を閉じて

臍の緒の行方も知れず露けしや

意外と梨を喰ひつゝ喧嘩できぬもの

人を待つ肉のひだるさ月見草

稲架を組む空より知らず老いにけり








ランキング応援クリック
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 禅・坐禅へ

にほんブログ村 ポエムブログ 俳句へ

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人間・いのちへ

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
父と子の風景 再生への旅/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる