再生への旅

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zoom RSS 焚火はじめ

<<   作成日時 : 2013/10/16 00:10   >>

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烙印を押されて焚火守ることに 玉宗

朝晩の冷えが如何にも秋の深みを感じさせるこの頃。ついこの間まで夏の猛暑に辟易していたというのに。さすがに日中も素足では過ごせなくなった。季節は台風シーズンでもあるが、26号が近づいて来る前の昨日、風も穏やかだったので寺の裏庭で焚火をして半日を過ごした。

境内には剪定した庭木の枝が積まれたままになっており、水分も抜けていい感じに燃やせるようになっていた。落葉はまだないが、年中落葉しているタブの落葉が大量にある。
境内での焚火を嫌がる夫人であるが、数日前から風邪気味で起きて来なかったので、早朝に火を着けた。

「あったか〜い!」

なぜか焚火が好きである。
火を見つめたり、火を育てたりしている、あの時空がなんとも云えない。
間が抜けているようで、哲学しているようで、なんにもならないようで、充実しているようで、無駄な時間を費やしているようで、取り返しがつかないようで、そのような非生産的な事が慰めであるような、時間の流れと共にあるような、人に認められなくても生きて行けるような、神様だけが知ってくれているアリバイのような、償いのような、まだ見ぬ夢があるような、生きることが赦されているような・・・・、そんな私だけの、焚火の時間と空間。

焚火、それはつくづくひとり遊びの好きな人間なのだと思う瞬間でもあり、さびしい人間の所業なのかもしれないと思ったりしている。火は何かを照らし、温めてくれる。私の中にある闇と孤独。見上げれば、そこにはつれないばかりに広々とした空があるばかりだ。

焚火して空の片隅焦がしけり 玉宗

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「深秋」

日の歩み杳として蛇穴に入る

深みゆく秋に寄り添ふ家族あり

捨てられて花野に目覚めたるごとし

秋麗や藁の匂ひの百姓家

須弥山にでんと供へし今年米

地の冷えに沈み秋耕ひもすがら

昼からは山影となる刈田かな

柿吊るし里の日射しを呼びにけり

悉く腹を空かせてゆく秋思

仏壇の母に赤飯芋の露






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