再生への旅

アクセスカウンタ

zoom RSS 仏道と偽装問題

<<   作成日時 : 2013/11/13 05:12   >>

トラックバック 0 / コメント 1

画像


裏山に靄立ち込むる冬安居 玉宗

「間違ったっていいじゃないか、人間だもの。嘘吐いたっていいじゃないか、人間だもの。」

誤解を恐れず謂わせた貰うなら、今回の偽装騒ぎの根底に、私は上のような心理が社会に潜まれているように思われてならない。人間性を無節操に賛美しているがごとき現代ではあるが、そこには人間への不信、いのちの尊厳性を軽んじている風潮と裏腹に見えてしようがない。

ときに人の目や天地の眼さえ誤魔化すことが出来ると思い込んでいる人間らしさがある。それはどこまでも人間の欲望界隈の話である。人生とはそれでいいのか?と試されている二度とない現場であることにさえ気付こうとしない。或いは気付かないふりをしている。そこには「私は無宗教です」と公言して憚らない人間の厚かましさ、身勝手がある。

信仰を持って生きるとは、人が見ていようがいまいが、天地にひとり恥じることの無い欲望を越えた生き樣を言うのである。

この世の真相から言えば、発覚しようがしまいが、判決が確定しようがしまいが、多数決だろうがなんだろうが、民主主義だろうがなんだろうが、誤魔化したら誤魔化した、そのときに私は詐欺師なのである。人の物を盗んだら盗んだそのときに盗っとなのである。嘘をついたら嘘をついたそのときに、だれがなんと言おうが、立派な天地一杯の嘘つきなのであり、悪人なのである。

仏道に生きるとは本来的に誤魔化しの利かない、因果歴然たる、諸行無常の世界で身も心も投げ出して生きることを云う。ありのままに今を生きるとは、欲望のままに生きることではない。おのれを空しく天地一杯に生きている事実のことだ。事実とは欲望を越えて行ったり来たり、生れたり消えたりしている。欲望を持ってこの世を割り切ろうとしたって行き詰まるに決まっている。人間らしさをもってこの世を割り切ろうとしたって愚痴や誤魔化しが生まれるに決まっている。信仰を持って生きるとは行き詰まりの無い、真に自由自在な境地をこころざしていることにほかならない。

「間違ったっていいじゃないか、人間だもの。嘘吐いたっていいじゃないか、人間だもの。」
それはそうである。人間とはそのような相場の代物である。そうではあるが、又、人間性を越えようとする「こころざしを持って生きる動物」でもある。
「信仰をもって生きたっていいじゃないか、人間だもの。仏の方を向いて生きたっていいじゃないか、人間だもの」
これもまた偽りのない人間性の一側面であり、面目なのであることを私は疑わない。

偽装問題騒ぎとは、信仰を持たない現代社会の良心とやらの真相を垣間見せてはくれている。

画像


「時雨」

コーヒーにミルク渦巻く初時雨

托鉢の笠にうかがふ片しぐれ

けふよりは風のあすなろ冬安居

遠嶺の水引き洗ふ大根かな

吊るし柿母の乳房のやはらかさ

石蕗咲いて歳月ついに仄暗き

大根煮る今日あることの明るさに

月の面を過ぎる風あり神の留守

大根の謂はば半ばの味がして

缶蹴りの鬼はかなしや雪婆

遍歴す縄跳びに身を投げてより

小春てふ老人遊ぶ日なりけり



ランキング応援クリック
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 禅・坐禅へ

にほんブログ村 ポエムブログ 俳句へ

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人間・いのちへ

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
本題とは少しそれますが、今、職場が監視カメラだらけになり、如何なものかと感じています。職務中にサボる人がいた、だから建物中監視カメラだらけ。社用車を運転中、擦ったり事故することがあった、だからドライブレコーダーをつける。しまいには職場の駐車場のフェンスに自家用車をぶつけた人がいた、だから駐車場にも監視カメラをつけようとしている…。
経営者には逆らえませんし、今の仕事自体好きですから、辞める気はさらさらありません。でも、こんなにカメラだらけにされると息苦しさを感じてしまいます。
ブログの冒頭の『間違ったっていいじゃないか、人間だもの。嘘吐いたっていいじゃないか、人間だもの。』を見て、もう少し経営者が穏やかになってもらえたらなぁと思い、コメントしました。
しぃ
2013/11/13 21:53

コメントする help

ニックネーム
本 文
仏道と偽装問題 再生への旅/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる