再生への旅

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zoom RSS 人生いろいろ、人はさまざま

<<   作成日時 : 2013/11/16 04:56   >>

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生きながらいのち枯れゆくいぼむしり 玉宗


島倉千代子が亡くなった。「人生いろいろ」を歌ったとき、私などはそれまでの彼女の歌の世界からしてその意外性に驚いたことである。その生涯に様々な苦労や壁があった人間であったことを今回改めて知らされた。歌がいのちであった彼女にとって、あの曲は当に彼女自身の応援歌でもあっただろう。
「人生いろいろ」と達観できるには、己の人生の苦難に耐え、受け入れてきた人間にして初めて呟ける言葉なのであろうと思う。

ところで、「人生いろいろ」ではないが、「様々だなあ・・・」と呟くのが実父の口癖であった。そんなときの父の表情を半世紀近くになろうとしている今も、私は未だに忘れられないでいる。
それは好きなお酒を呑んで酔いの勢いを借りたときだけではなく、素面の折りにもしばしば耳にした。子供心にも不思議な響きを持った言葉だった。人の噂話を聞き及んだときや人間模様に思いを致しているようなとき、又は、テレビでの事件事故の報道にふれたときなどに思わず零れでる、そんな言葉だった。

<呟き>という、救いようのない吐息のような言葉があることを初めて知った。あの正体はいったい何であったのか、大人になってからもずっと気になていた。

そんなある日、酒に酔った父が当時中学生だった私に絵を描いてみせてくれたことがあった。

父は学歴もなく、小さいころから漁師として生きて来たのだと思い込んでいた私であったが、酔った勢いながらも出来上がったその絵は、子供ながらにも「ただものじゃないな、、、」と心動かされるような墨絵であった。

「様々だな、、、」

苦笑とも、羨望とも、恥辱とも、諦念とも、呪詛とも聞こえたその呟きを私は忘れられない。
父の語ることのなかった人生への無念さが、思わず口を突いて飛び出したかのようで、子どもながらに同情を抱いたものだ。思えば、子供という可能性は大人の呟きやため息に敏感に反応し、聞き洩らさないものなのだ。

父の夢、それも、叶うことのなかった小さな夢を垣間見たような気がした。
そして、そのような父への同情と共に、見てはならない父の秘密を見てしまったようなやるせなさもあった。私には父を愛する以外にどうすることも出来なかった。 大人という人生の沖の寂しい風景を垣間見たということだったのだろう。後にも先にも、一度だけの、己の魂の秘密を子供に明かした父。人生に光りと影があることを教えてくれた父よ。あなたはあなたの人生を見事に受け入れていたと私は思っている。


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「冬紅葉」

冬紅葉明日が見えてしまひけり

綿虫の綿の重さに浮き沈み

枯野道典座裏より続きをり

神の留守風の狼藉始まりぬ

水面より掬ひ取つたる散紅葉

てのひらで顔を撫づれば冬めけり

冬木の芽まだ来ぬ日々へ耳澄まし

軒の日に雪を零せり実南天

白鳥の女体のごとき遙けさよ

もうだれも信じられない兎の目




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