再生への旅

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zoom RSS 落柿舎・俳諧の浄土

<<   作成日時 : 2013/11/22 04:47   >>

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落柿舎へ冬田を曲がる二三枚 玉宗

昨年の今頃だったと思うのだが、夫人と二人で京都へプチ旅行をした。嵐山界隈を散策し、その足で去来所縁の落柿舎へ。お墓も詣でることができた。

去来と言えば、蕉風俳諧の骨髄を継いだ江戸時代前期の俳諧師。蕉門十哲の一人と呼ばれている。儒医向井元升の二男として肥前国(今の長崎市興善町)に生まれる。堂上家に仕え武芸に優れていたが、若くして武士の身分をすてた。京都嵯峨野の落柿舎に住み、松尾芭蕉はここで『嵯峨日記』を執筆した。野沢凡兆と共に、蕉風の代表句集「猿蓑」を編纂した。「西国三十三ヶ国の俳諧奉行」とあだ名された。


秋風や白木の弓に弦はらん
湖の水まさりけり五月雨
をととひはあの山越つ花盛り
尾頭のこころもとなき海鼠哉
螢火や吹とばされて鳰の闇
鳶の羽も刷ぬはつしぐれ
応々といへど敲くや雪の門
岩鼻やここにもひとり月の客


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落柿舎には去来が作ったとされる「落柿舎制札」というものが庵の入口に掲げられている。

<落柿舎制札>

一、我家の俳諧に遊ぶべし
    世の理窟を謂ふべからず
一、雑魚寝には心得あるべし
    大鼾をかくべからず
一、朝夕かたく精進を思ふべし
    魚魚を忌むにあらず
一、速に灰吹きを棄つべし
    煙草を嫌ふにはあらず
一、隣の据膳をまつべし
   火の用心にはあらず
     右條々
       俳諧奉行 向井去来


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「我家の俳諧に遊ぶ 世の理窟を謂ふべからず」とは「わが家の浄土に遊ぶ」と言い換えてもいいだろう。芭蕉も過ごしたであろう俳諧の浄土。『嵯峨日記』には落柿舎で連衆と共に過ごした様子がいきいきと描かれている。
俳諧の席には商人、武士、農民、そして僧侶もいただろう。しかし一旦席を同じくすればそこには「俳諧のまこと」をもって臨むことだけが求められていた。それは現代まで続く俳人という異形衆が引き継いできた魂の座標軸である。開放された時間であり空間。思えば贅沢な、文化的時空である。

己を無にした詩人の魂というものがこの国にはある。
古来の俳人という日本特質の優れた詩人たちが遺した作品とは、最短定型の器にそのような「無の魂」を込めたものの痕跡であるとは言えないだろうか。虚であろうが実であろうが、聖であろうが俗であろうが、善人であろうが悪人であろうが、「表現」とは畢竟自己に固執することではなく、自己を無にして世界と対面することではないか。そこに広がる豊かな世界。「往きて還る」世界との交感。それが表現のすべてであり、それだけが表現者の生きる本筋ではなかろうかと思ったりしている。

そのような表現者としての謙虚にして真摯な生き様は、去来や丈草をはじめとする蕉風俳諧に共通するイメージとして私にはある。謂わば、枯野の明るさと寂寥に通じるような世界。ときどきそんな世界が無性に恋しくなる時がある。


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「枯野」

棺よりいずれは仰ぐ枯野星

星冴えて揺らめいてゐる山家かな

母がゐてうれしき障子明りかな

雪婆空が蒼ざめゐたりけり

鉄鉢に十一月の日差しかな

着ぶくれて夕暮れがちに日を過ごし

薬にも毒にもならず風邪引いて

片付けて置かうか雪の来るまへに

ぐつぐつともの煮てをれば眠る山

波郷忌の夫婦茶碗も古りにけり

遠ざかる星見えてゐる寒さかな





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