再生への旅

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zoom RSS 結婚記念日・真珠婚

<<   作成日時 : 2013/12/11 05:11   >>

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雪安居雪降る音に目覚めつゝ 玉宗

板橋禅師様を式師に金沢大乗寺で仏前結婚式を挙げてから明日で三十年が経つことになる。
往時茫々。忘れもしない。式が終わって外へ出ると、横殴りの霙交じりの雨模様。雪起しがゴロゴロ鳴っていた。

「前途を象徴しているんでしょうね。」

「記憶に残る日になることは間違いないね。」

輪島の永福寺に養子縁組をして間もなく、よく冷やかされたものだ。

「玉宗さん、あんたはお寺では箸より重いものは持たせて貰えないんじゃない?いい、御身分だね。よっ、婿殿!」

まあ、確かにそういう一面もないこともないが、婿殿もこれで中々に気遣いに苦労するものである。お寺へ入って半年はそのプレッシャーによく夜中に魘されたものだ。家族を養う責任が双肩に背負わされているには変わりない。長女が生まれて間もなく北海道のお寺へ出稼ぎに行った。出産後数カ月して妻は幼子とともに私の出稼ぎ先のお寺にやってきて、二年程アパート暮らしをしたこともある。

帰って来てからは總持寺祖院へ安居。そのまま役寮として勤めることになった。子供が生まれてからは隠れて吸っていた煙草も全面禁止となり、いよいよ袋小路である。興禅寺と永福寺と祖院僧堂を行ったり来たりの日々が続いていたが、今から思えばそれが婿殿のストレス解消になっていたのかもしれない。

呑気な夫人と思っていたが、彼女は彼女で気苦労があったのだろう。ある時、次のようなことをポツリと言った。

「お父さんはいいわね。厭になったら出ていけばいいんだもの。私はどこにも逃げてゆくところがないわ。」

「・・・・・・・・」

なけなしの雲水であった私は夫人に結婚指輪を買ってあげれなかった。いつか買ってあげたいなと気にしつつ、未だに財布を叩いたことがない。そんなわけで夫人は今日まで指輪をしたことがないのだ。買ってくれと言ったことが一度もない。指輪より輝くものを持っている。夫人はそんな女性である。

能登半島地震で二人一緒に被災し、二人一緒に生き残り、共に生と死を見つめ直す機会になったことは間違いなかった。支え支えられている二人である。家族である。僧堂に勤める事が出来たのも、寺族らが自坊を守ってくれていたからだし、なによりも家族を支えなければという思いが私を人生へ押し出す力となったのである。

震災の前の年に本師が亡くなって以来、僧堂への出仕も辞めて自坊に専念しているのだが、以前にも増して私は夫人への依存が抜き差しならぬほどになっていることを痛感している。一人では碌な事も出来ない禅僧というのも珍しいだろう。

齢58歳。結婚30年。それは人としてこの世に生まれ、人となるべく様々な事を学んできた月日である。そしたまた、それは一人では生きてゆけない社会的存在である人間の道程でもあった。今後どのようなご縁の中をいつまで共に生きてゆけるのかわからないが、一期一会の今の命を大事に、仏の方を共に向いて生きている戦友として、些かなりとも人様のお役にたてるよう支え合い、励まし合って生きていきたい。


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「雪安居」

どちらかと云へば鮪より鰤が

鰰や能登は夜通し海吼へて

鱈船の纜につむ夜の雪

透きとほる肌えをもちて雪安居

なきがらの隣りの部屋の炬燵かな

蒼ざめて雪見障子の宵が来る

人生の向かうに冬の波がしら

形見なる沢庵石も失せにけり

鋤焼を食べる子を見てこころ足り

浦かけて月のさざ波鯨来る

雲の意に叶ふ八つ手の花明り








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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
おはよう御座います。
明日で・・・
ご結婚30年目真珠婚式・・本当におめでとう御座います。本日の投稿文が何よりの
奥様へのプレゼントですね。
とても良い記念になると思いました。

おめでとう御座います。
たか子
2013/12/11 10:10

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