再生への旅

アクセスカウンタ

zoom RSS 永平寺の思い出・ここだけの話し

<<   作成日時 : 2013/12/14 04:45   >>

トラックバック 0 / コメント 0

画像


沢庵を噛む音さへも憚れる 玉宗

永平寺へ弟子の瑞世拝登の随伴として行って来た。
瑞世の主役はあくまでも弟子であり、私と夫人は単なる物見遊山の付き添いと言ってよい。永平寺へは研修で拝登してからでも十数年ぶりの上山であろうか。四半世紀以上も前の私自身の瑞世のことなどとっくに忘れてしまっている。確かに行ったのかさえ覚束ないが、まあ、こうして宗門の住職然として通用しているのだから、行ったのだろう。

画像

それはともかく、久しぶりの「お山」の上り下りには息が上がってしまったのには吾ながら情けなかった。寒いことは寒かったが、七堂伽藍を巡っていて厭な汗を掻いているのだから始末に悪い。汗を掻いたままで底冷えの伽藍に一時間以上もいたのだから、風邪を引くのじゃなかろうかと気が気ではなかった。幸い、厚着していたのが功を奏したのか、今のところ風邪の症状はない。

画像


ところで、以前に拙ブログでもUPしたのだが、こう見えて私は永平寺で修行したことがある。と言えば如何にも大したもんだと聞こえがいいのだが、正式には安居歴はない。なぜならひと月足らずで下山したからである。一般的に僧堂の安居歴は三ヶ月以上安居した実績がないと付かないのである。

何故私が一ヶ月足らずで永平寺を下りたかと言えば、まあ、根性がなかったと言えばそう言えなくもない。入堂したまではよかったが、新到の分際でご飯をおかわりしたことが古参の逆鱗に触れたらしく、板の間に数時間正坐させて戴くという栄誉に浴した訳である。坐りながら、上山前に抱いていた仏道の理想も雲散霧消し、若い古参和尚に可愛がられて、「アホらしく」なってしまった。修行の前後左右、通塞も分別出来ない、若かりし頃の挫折である。

画像


そんなわけで、永平寺は開祖道元禅師のご霊廟・初開道場であるという畏れ多さもさることながら、たかがご飯をおかわりできなかったことで道元禅師のご期待に添えなかったという申し訳なさが未だについて回っている。御開山を尊崇するに吝かではないし、おかわりしたことも、自ら下山したことも後悔はしていないのだが、謂われなき被害者意識のようなものが燻っている。

ご飯のおかわりに臍を曲げて新到を教育する古参和尚との出会いのお蔭で、「永平寺」という「ブランド」「ステイタス」を我がもの顔にすることができなかったことへの忸怩たる思いがある。

画像


まあ、永平寺とは安居の縁が薄かったのであるが、それにしても、実に「喰い物の恨み、辛み」は怖ろしく、しぶとく、そしてわが身に跳ね返ってくるものではあらんずる。
そんな体験がその後の紆余曲折のわが仏道の歩みの骨髄・源泉となっているのであるが、さて、どんなもんでしょうね。ちっとはマシなお坊さんになっているのやらどうやら、覚束ないままに生きているのではある。





ランキング応援クリック
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 禅・坐禅へ

にほんブログ村 ポエムブログ 俳句へ

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人間・いのちへ

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
永平寺の思い出・ここだけの話し 再生への旅/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる