再生への旅

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zoom RSS 囲炉裏の思い出

<<   作成日時 : 2013/12/20 05:11   >>

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父の座に今はわれゐる囲炉裏かな 玉宗


能登半島地震で倒壊する以前の興禅寺には囲炉裏の間があった。
お通夜の晩などには畳半畳四方の炉縁に親類縁者が集まって夜を徹したものである。不思議と誰からともなく囲炉裏の廻りに坐りだすから面白い。再建したお寺にはそれも無くなった。火気の心配ばかりを先行させて設計図を引いたことを悔やんでいる。夫人と二人、10回ほどもああでもない、こうでもないと設計図を描き直させたのであったが囲炉裏にまで知恵が廻らなかった。

「方丈さん、囲炉裏があるといいね。」

再建後、檀家さんにそんなことを指摘されて改めて考えさせられたものだった。しかし、思えば贅沢な事でもある。今時、囲炉裏のある暮しぶりの方が余程羨ましがられるのは言うまでもなかろう。炉を切ったら天井も高くしなければならない。換気・通風も設計段階から取り込んでおかなければならない。予算的にも加算されることは目に見えている。炭も安くはない。以前は葬儀になると二箱・三箱と炭が施主より届けられたものだった。

火鉢という手もあるが、寒がりの私には一つでは凍えてしまうだろう。そこへ行くと亡くなった永福寺の先師は修行力が違った。若いころは火鉢一つの部屋で一日を過ごしていたという。そんな先師の赤紫色に凍傷した耳朶が、夫人の記憶には今もありありと甦るという。

「昔のお坊さんは鍛え方が半端じゃないね。」

「小僧さんの頃から仕込まれたことなんでしょうね。」

「まあ、お坊さんにも体育系と理科系とか文科系とかがあるんとちゃいますかね・・・・・」

「お父さんは何系?」

「ん〜 銀河系かな・・・・・あははは・・」

「・・・・・」


先師は寒行托鉢も一人で六十歳過ぎまでやり通したという。
先々代の住職が早く亡くなった為に二十代で後を継いだ先師である。大病をすることもなく震災の前の年に九十三歳で遷化するまで、七十年近く住職を勤めていた事になる。めったにないことだ。宗門から永勤表彰を頂いている。それでも晩年は好々爺然と炬燵で丸くなっていることが多かった。托鉢に出て行く私に「ごうくろうさん、ごくろうさん」と手を合わせては声を掛けてくれたのを思い出す。

それにしても、風邪をひいてはすぐに弱音を吐く婿殿を、草葉の陰で嘆いていることだろう。年が明けたら寒行托鉢も始まる。体調を万全にしておかなければならない。「行」の為の体調管理。ただ、無駄に元気でいる訳にいかないのが悩ましいところでもある。


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「雪催ひ」

てのひらの紅うすく雪もよひ

山茶花のまだ汚れなき日数かな

旅の銭数へてゐたる日短し

愛憎の夢まぼろしや日向ぼこ

ふるさとを遙かにしたる北塞ぐ

菜を洗ふ水の音にも十二月

ポインセチア虚実の出会ひ繰り返し

万両に夕べの雪のしづり落ち

病み臥せし母との暮し実千両

冬怒涛聞こゆる浜の厠かな

紆余曲折のありし畳を替えにけり

あり余るほどの寒さと愛情と






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