再生への旅

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zoom RSS 雪のない年の瀬・おじさんの冬

<<   作成日時 : 2013/12/26 05:16   >>

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沖つより冬将軍の黒き風 玉宗

今年もあと一週間を切った。
輪島は雪が降りそうで降らない天候が続いており、積雪のない年末年始を向かえそうである。ふた昔前は輪島でも雪の積もった除夜元旦であったが、近頃では雪のないのが当たり前のようになって来た風がある。能登も山間部では多いが、全体的に加賀の方が能登よりは積雪量は多いようだ。白山の裾野ということも影響しているのだろう。能登は日本海へ半島が突きでているので風雪の吹きっ晒しといった観がある。とにかく風は半端なく強い。特に寒に入ると托鉢するのも容易ではない。網代傘を吹き飛ばされそうになることもよくある。

空模様は相変わらずはっきりしないのだが、昨日はお寺の窓拭きをした。
窓拭きをしながら気付いた事だが、昔は冬が踈ましい縁者のように苦手、嫌いであったが、最近ではそうでもなくなってきているようだ。寒さというものは人間の活動を鈍くするのであろうが、その分、ものごとをゆっくり慎重に、丁寧にこなしているように見える。それってわたしにとっては願ってもないことで、加齢の所為ばかりではなく、仏道の面目に叶っていることに気付くのである。道元禅師は「坐禅」の好時節は「秋」だと仰っていたと思うが、「冬」もまんざら悪くは無い。夏が「動の禅」なら冬は「静の禅」とでも言おうか。若者には向いていないかもしれないが、おじさんにはうってつけの季節と言えなくもない。なんて結局、加齢が冬に妥協したということなのか。それもいいだろう。

今年は秋があっという間に過ぎて、はっきりしない冬空がだらだらと続いている。暦では仲冬であるが、いずれにしても能登はこれからが冬の寒さの本番である。

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「焚火」

不景気な顔して焚火戻りけり

年の瀬や空に消えゆく音ばかり

膝掛や父なき母の遠眼差し

可も不可もなかりしけふの火を埋む

木々はみな十字架となり冬鳥来

淋しかろ海鼠に生まれ変はりても

おそるおそる赤子を渡す柚子湯かな

手袋が語ることなく語りをり

母がゐて蒸饅頭の湯気ゆたか

冬薔薇愛に冷めたる美しさ





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