再生への旅

アクセスカウンタ

zoom RSS 寒行托鉢はじまる

<<   作成日時 : 2014/01/05 05:36   >>

トラックバック 0 / コメント 2

画像


今の世に銭乞ひ歩くしぐれかな 玉宗


今年は五日の今日が寒の入りである。

節分までの向う一ヶ月間ほど一人で寒行托鉢をする。永福寺では昔からの伝統行事であり、昔は信者さん達と一生に「寒念仏」として太鼓を叩きながら歩いたそうである。先代住職も六十歳過ぎまで続けていた。興禅寺は私が入寺してから始めた行持である。
有難いことにお坊さんになって三十年以上になるが、托鉢をしなかった年がない。自坊での托鉢の他に、雲水として修行中だった四国の瑞応寺専門僧堂、金沢大乗寺専門僧堂、總持寺祖院専門僧堂での寒行托鉢。自坊に入ってからは5年前の能登半島地震復興勧進托鉢なるものもやってのけてしまった。これまでどれだけ多くの人の喜捨を得てきたのかと思うと気が遠くなる。


「托鉢」という「行持」は「等三輪空寂」として、行者である私と喜捨をする施主と施しの対象そのものの三つがいづれも空寂にして清浄、手垢のつかない円満なるものであるのが理想である。私は私のために托鉢という行持をするのと同時に、施主という同時行の相手を探して巡り歩き、出会い、行持同環するのである。当然ではあるが相手と私の間には何の貸し借りもないし、あってはならない。出会いの感応道交ですべてが円成し、満足している。しなければならない。宗教的行持とはそのようなものである。托鉢もまた私と相手が救われ、悟るための手段にして目的であり、結果なのであり、今の様子なのであり、成仏の姿そのものなのである。

一ヶ月歩いていくら賽銭が貯まったとか貯まらなかったとかといったような算段は蛇足に過ぎない。

さて、今年も最後までやり通すことができるかな。


画像


「雑煮」

ちちははの面影あはき雑煮かな

能登棲みの雑煮もすでに三十年

辛酸を些か舐めし雑煮かな

いや若き歌留多読みあぐ母の声

姉に似て笑へぬ顔の福笑

兄よりも長生きをして廻す独楽

凧揚げて使ひきれざる一人の空

嫁入りを浚ふがごとく手毬唄

なまはげに抱かれしよりの放浪記

恩讐の彼方に餅を焦がしけり




ランキング応援クリック
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 禅・坐禅へ

にほんブログ村 ポエムブログ 俳句へ

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人間・いのちへ

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
我の師となる僧侶がいてお正月
たろうくん
2014/01/05 21:27
 托鉢とはすごい。タイに行った時、あちこちで目にしました。しかしあの国は国民が敬虔な仏教徒です。そういう意味でこの国では厳しい。しかも厳寒の能登・・
 山頭火の「鉄鉢の中に霰」などを通し、托鉢をちょっとやってみたい私ですが、厳しくて逃げ出すでしょう・・
 このブログの秘密は、毎年の托鉢にあったのじゃないかと一人うなずいています。
屋形船
2014/01/08 11:53

コメントする help

ニックネーム
本 文
寒行托鉢はじまる 再生への旅/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる