再生への旅

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zoom RSS もの足りなくもなんともなし

<<   作成日時 : 2014/01/07 05:25   >>

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夕暮れを背負ひて来る寒念仏 玉宗

正月も七日。人日です。
正月気分もそろそろと抜けて、危うくも足を着けて生きている現実へ戻って行かねばなりません。

さて、人は人生の歩みの先々で生きて行く不安、心細さを抱くものですが、よくよくそのあり様を点検してみるに、不安や不満といった、云わばこころのかげりをもちながらも、それなりにちゃんと生かされていることに思い当たります。それだけではなく、浮足立つような期待感の中にいても同様に、私のいのちはそれらの思いを置き去りにして、なかったもののごとく、今を生き伸びている事実があります。これはどうしたことかと思う訳です。

ああでもない、こうでもないと思い煩いながらも、いのちは様々な縁をいただき今にあります。人の世の毀誉褒貶や私自身の期待や不安、妄想の埒外に、わたしを生きているいのちのたくましさ。もの足りないながらも、なんともなく有難い、わがいのち。

それにしても人生とは欲望をすべて満足させることが命題なのでしょうか。いったいだれがそのようなことを言い出したのでしょう。人間というものは人生を重ね、老いるにしたがって欲もまた少なくなるもののようです。
というより欲が変質するのでしょう。かつて抱いていた不安や期待が時を経るに従って雲散霧消し、或いは変色していることに気付くことがよくあります。それは老いることの哀れさ以上に私に執着することの愚かさを教えています。まさに諸行無常の恩恵です。

過ぎてしまえばなにもかもあってなかったような、無きに等しい人生。そうではありますが、かけがえのないいのちを積み重ねてきて今があるのには違いないのです。あたかも、当てにならない不安や期待を抱きながらも、欲望といういのちの光りと影が一体となって生老病死の力となっているようにも見えます。

そのようないのちを生きている私にできること。それはできる限り今を真っ直ぐいただき、ていねいに、拘りなく、なぶらないで、選り好みせず、ありのままに生き切るより他にありません。今という広大深遠にして縦横無尽なるもの。絶対にして平等なるもの。ときにもの足りない思いを抱きながらも、なんともなく充実している今の命。

そのような命の自己であることを信じること。そのような信を以って生きること。生きている事実。それをしも成仏とは申し上げたい訳です。生は生の、老は老の、病は病の、死は死の、それぞれの今の成仏があるばかりなのです。いのちにそれ以上のなにを望むことができるのでしょう。私には解りません。


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「人日」

七日はや人の流れに身を任せ

なづな粥征きて還らぬ昭和の世

風花や叶はぬ夢の夥しさ

朝市へ仕事始めの橋渡る

着ぶくれてたらふく喰うて難儀する

我慢して座五を授かる寒さかな

もう喰へぬたしかに餅は好きだけど

寒くて寒くて死ぬことさへも癪に障る

二枚舌焦がしてゐたる七日粥

餅を喰ふほかに用事のなかりけり









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