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zoom RSS 今日の妄想・私の品格?!

<<   作成日時 : 2014/01/10 07:36   >>

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混沌に目鼻つけたる寒さかな 玉宗

先日、帰省していた倅を交えて親子三人で雑談をしていた折り、「品がある、品がない」といったことに話題が広がった。

「あの人は品がないよね」

「え〜、そうかな。あなたはどんな人が品があると思っているの?」

「ん〜、分かんない」

「何、云ってんの、お前たち。目の前にいるじゃないか」

「…えっ、だれ?お父さんが?それはないべ」

「お父さん、なにを血迷ったことを言ってるの。お父さんが一番品がないじゃない」

「んなこと云って後悔するぞ。見る目がないな、お前たちは!」

「・・・意味分からんし・・」


不本意ではあるが、倅も夫人も私に「品がない」ということでは一致しているらしかった。

一般的に「品(ひん)」と云えば人としての資質、品格を指してのことなのだろう。そういえば「国家の品格」とか「女の品格」といった本がベストセラーになったと記憶している。人や性別や集団の中にもある「品格」とは如何なるものだろうかと些か気にならないこともない。その流れで云えば「お坊さんの品格」といったものも当然予想される訳だ。

はっきり言って「品」など気にもせず生きてきた様なところがある。生きていく気高さ。或いは生きている気品。一番近くにいる家族にそのようなものが私にないと言われても俄かには賛同しかねる。それには理由があって、「品格」というものが血肉とある程度距離を置いた他者が感じるものではないのかといった藁をもすがる思いがある。「親しき仲にも礼儀あり」は確かに人間界の真実であるが、「親しき仲にも品格あり」はどうだろう。

因みに、仏教では「上品(じょうぼん)・中品(ちゅうぼん)・下品(げぼん)」などといった言葉が使われている。仏教を理解できる器の大きさを表したものと云うべきか。特に浄土教では、衆生の機根の違いによって、同じ極楽浄土へ往生するにも、9つのパターンがあると『観無量寿経』に説かれている。またこれを九品往生ともいう。(Wikipediaフリー百科事典より参照)

「品」は仏教に於いて往生や成仏の可能性を格付けするものであったのだろう。衆生の機根は確かに千差万別にして似たり寄ったりのところがある。曖昧だからこその格付け、それはなにも往生や成仏だけの問題ではなかろう。万般に亘る人間力の差異があるのが実際である。

所謂「品格」とは「存在の醸し出す匂い」というような代物ではなかろうか。確かに世の中には匂いに敏感な人がいて、敏感なほど品格があるようにも思える。身うちの事で恐縮であるが、わが夫人は頗る臭覚が優れていて私が隠れて何かを食べたりしてもすぐに嗅ぎ分けるほどである。そんな夫人に品格があるのかどうかといえば、確かに私と違った存在の侵し難さが匂ってはいる。私と違った光や香りのようなものが漂ってはいる。

思えば、糸瓜には糸瓜の成仏や品格があったりなかったりするだろう。豚には豚の成仏や品格があったりなかったりするだろう。高貴な人には高貴な人の成仏と品格が、お坊さんにはお坊さんとしての成仏と品格が、悪人には悪人の、善人には善人の、美人には美人の、そうでない人にはそうでない人なりの、生老病死には生老病死なりの成仏や品格があったりなかったりするだろう。

成仏も品格も見た目だけで済ませる話しではない。見た目は鏡である。鏡自身の曇りとともに、それらを見るこちら側の目の曇り具合も余程点検するにこしたことはなかろう。品格という、目で匂いを嗅ぐことのできる領域がある。
それにしても他者の品格もなんだが、自己の存在に気高さを感じられないとは如何にも口惜しいことではある。もしかしたらとんでもない匂いを鼻の先にぶらさげて生きている可能性もある。口惜しくはあるが、そんな地団太ぶりが、いかにも品がないと言われる所以なのだろうと思わないでもない。


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「寒餅」

寒餅を搗く女手のにぎはへり

父母のなき世に一人葛湯溶く

亡き兄のマフラー今も風に靡き

夢も見ずなりし蒲団を敷きにけり

角巻や姉が女になるときの

インパネス覆ひ被さる夜の嵩

餅を喰ふ喰へぬ男でありしかな

月並もめでたかりけり初句会

薺粥冷ますに息の足らぬ母

熱燗があれば優しき父なりし


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「吹雪」

吹雪より絶滅危惧種父戻る

夕さりし鳶に囃され寒念仏

過ちをご破算にして吹雪くなら

雪しまく沖より神の来るといふ

托鉢の眼鼻分たぬ吹雪かな
暗黒の沖に雪降る兎の眼

雪に生まれ雪に盲ひし兎かな

常ならぬとは如何にも陳腐冬木の芽

恵比寿講しこたま酔うて帰りけり

纜の積もる夜の雪恵比寿講




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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
いころから病んでおり、鼻呼吸が出来ない時もあったほどだからです。そして、長じてからは親、祖母に似て愛煙家となりました。紫煙をくゆらすひとときがたまらなく憩える時間でございます。

なぜ、この話をさせていただいたかと申しますと、品格というものが、この「聞く」という一事に象徴されるのではないかと思われたからでした。
Ms gekkouinn
2014/01/10 16:57
 今日の文章はおもしろく、おもわずコメントをかいたしだい。
上品ぶっていやな奴、という言い方があります。品をめぐっては、似て非なるものがあるように思います。
品があるようで、実は下品、逆に下品に見えて上品、もある。一休宗純のように破戒の姿をとりならがも、悟りの道を歩んだ僧もいる。
江戸の町人文化の美意識に「粋」と「野暮」がある、いちばん劣るのが、「半可通」です。知ったかぶりで何もわかっていない奴。この半可通が、上品ぶった奴のように思います。
屋形船
2014/01/11 11:16
一般的に生きている人間の方が、この上品、下品の意味がわかっているような気がします。
whiteairline
2014/05/07 10:04

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