再生への旅

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zoom RSS 今日の詭弁・薄情な師匠

<<   作成日時 : 2014/02/28 20:24   >>

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蘊蓄はほどほどにして桜餅 玉宗

もうすぐ弟子が僧堂に上り修行して三年目になろうとしている。
宗門の建前では最低限の資格の年季を過ぎている。いつ帰ってきてもよいのである。暇を貰った折になんとなく気持ちを伝えてはいるのだが、まだ、改めてその点についてちゃんと話し合ってはいない。

石の上にも三年、黙って十年坐れ、と諭される世界でもある。どのような道でも、一人前になるには年季を要するだろう。僧堂だけがお坊さんになるための修行の場ではないのも事実ではある。自坊に帰ってひとりで仏道精進することも可能だし、師匠と共に歩むことも可能である。

「一生不離叢林」という言葉もあるが、皆がみんな僧堂に一生を過ごすことも不可能である。「叢林を離れず」とは畢竟、僧堂で学んだ仏道の基本を一生わが身に、わが心に実践する気構え、志を言っているものと受け止めている。「道」に極りはないのも事実である。「道」は即処、即今に現成するものである。僧堂でなければならないということはない。

弟子には好きなだけ雲水をしていてよい、とは伝えてあるつもりだ。自立出来たかどうか、一人でも仏弟子として生きて行けるかどうか、お寺を護持しながら仏道を歩めるかどうか、わが力量を備え、見極めることができるかどうか。師匠もそれを判断して上げなくてはならないのだが、最終的には本人が自己責任に於いて判断、決断しなければならない領域であろう。

もうすこし現実的なことを言えば、永福寺も、興禅寺も本山直末とは言え、檀家も少ない骨山である。私の場合、副業をすることもなく、寺務に専念することで寺族を養い、寺を護持し、檀信徒を支え支えられてくることができた。直末ということで昔は住職が本寺である祖院へ出仕して俸禄を頂いてきたという歴史がある。私も十五年ほど祖院に出仕して衣資料を碌していたこともあるが、明治以降、山内直末と雖も独立独歩、独立採算制という建前となった。それでも住職である私に出仕に値する力量があれば、又お声が掛るのだろうが、自分に僧堂で指導者としてやっていく力量がないことは十二分に知っているので、それはない。

ということで、実際のところは二か寺を兼務することでなんとかやっているというのが現実である。常什的には決して潤いのある寺ではない。そのようなお寺を弟子に譲ることは容易いことだが、果たして弟子はそれを受け継いでやっていけるのかどうか。公務員になったりして副業をさせるつもりはない。またしてほしくない。お坊さんとしてやるべきことをやって生きていってほしい。それが師匠の正直な思いである。

お寺に入ることを優先するよりも、僧堂で役に立てるお坊さんとして一人前になってくれないものかと密かに願っているのである。平たく言えば、「本山に喰わせて貰え」ということになる。私自身が果たせなかった文字通りの「一生不離叢林」を、弟子には叶えてほしいといった薄情な願いを持った師匠にして、親なのである。

私のような親であり、師匠を超える人間、仏弟子としての素質は十分にあると見込んでいるのだが、これも親の岡目八目だろうか。


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「如月」

如月の光陰しるき訣れかな

空はまだ衣をまとひ二月尽

生きてゆくいつもの道のうすごほり

蕗味噌の人を食つたるほろ苦さ

白魚の咽ごし暗き愉悦かな

競ひては涅槃団子を拾はする

まだ泥の眠りをまとひ初蛙

梅の香に夜這ひせし影たもとほる

花の名を思ひ出せずにあたたかし

鳥雲に入りたる夜の深さかな


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「春雨」

目覚めたる山の匂ひや木の芽雨

音もなく鶯餅に忌の小雨

父母のなき世に滲みる春の雨

春雨や追ひかけてゆく由もなし

雛飾る妻をひとりにしてをきぬ

望楼の沖は加羅国雪の果

春驟雨十七歳のずぶ濡れて

如月の待ち遠しさを出て歩く

搗布寄す光ヶ浦の波の間に

北窓を開けて能登富士まのあたり






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