再生への旅

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zoom RSS 石の上にも三年目の花

<<   作成日時 : 2014/02/11 20:14   >>

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魚は氷に仏弟子山に上りけり 玉宗


二月に入って輪島は雪は少ないが寒さが厳しくなった感がある。
立春を過ぎたとはいえ、まだまだ気を抜けない三寒四温の日々が続きそうだ。今月は涅槃月でもあり、僧堂をはじめ各寺院では釈尊涅槃法要が控えている。輪島市内は2月。門前は3月。わが永福寺でも今月24日にお講法要があり、涅槃団子の材料であるお米の托鉢に歩き始めたところである。

季節ごとの行持がある訳だが、思えば地元に馴染み根を張った伝統行持になっている。住職となって四半世紀になるのだが、決して順調に檀信徒との関係や常什が推移してきた訳でもない。それなりに護持できるようになったのも、日々の精進の積み重ねの恩恵であり御縁である。お寺としてやるべきことをやり、仏弟子としてやるべきことをやった上での檀信徒の信頼である。その信心に支えられての伝統行持であり、お寺の存在意義なのである。

僧堂ではもうすぐ冬安居が終り解制となる。
弟子も二度目の寒行を無事に勤めることができたようである。春になれば新参の雲水さん達が上山してくる。新しい出会いがあるだろう。春には法堂の改修工事も終わり、能登半島地震被災以前のきれいな大祖堂で行持ができるようになる。法要進退も自ずからが大伽藍に合わせたものになり、弟子にとっては初めての大祖堂での進退作法を学ばなければならない。

弟子にとっては石の上にも三年と言われる三年目である。分からないままに過ごしたであろうこの二年間。
石の上とはどういうことか?分からないままに、ものたりないままになんともなかった自己であることに目覚め、分別を先立てないままに三年目を歩んでほしいものである。修行とは何かを付け加えることではない。愚の如く、魯の如く無一物になり切ることを学ぶのである。無に咲く花がある。石の上にしか咲かない花もある。



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「初午」

うぶすなの杜に雪ある午祭

初午やわらんべの声空駆ける

田遊びになくてはならぬ男とか

鍬入れて田遊神事始まりぬ

佐保姫を呼ぶ口上の懸想めき

田の神を斑雪山より誘ひ出し

雪間より振り返りたる訣れかな

捗らぬ宿題古巣よく見えて

生き死にの甲斐ある春とおもひけり

なまくらの屋根に雪積む涅槃かな






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