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zoom RSS 今日の懺悔滅罪・涅槃団子をつまみ食いするの件

<<   作成日時 : 2014/03/13 07:10   >>

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梅を嗅ぐほどの欲ならあるにはある 玉宗

今日は午前10時半から興禅寺涅槃会である。雨模様のようであるが、まあ仕方がない。

昨日は檀信徒集まり涅槃団子作りに精を出したことである。門前町は輪島市の寺院と多少違う作り方をする。先ず、作り手が男性でなければならないということがない。基本的に老若男女の檀信徒であれば誰でもよい。祖院から雲水さんの手伝いもあり、僧俗一体での作業である。

米の粉を捏ねる際の湯の温度もそんなに高くはない。彩色も目玉を墨で入れるだけであるが、興禅寺だけは食紅を溶かし三色(赤・黄・緑)をひと刷けしている。これは私の代になってからのこと。真っ白い団子もいいが、まあ、住職の好みというか、センスというか・・・。彩色は私と夫人二人だけの夜なべ仕事である。他の寺院との差別化を計る狙いもある。

以前、「旨さうに涅槃団子の出来上がり」という俳句を作ったことがある。
捏ねて、茹でて、搗いて、捻って、涅槃団子となる訳であるが、搗きたてのあたたかい団子を時々口に放り込むことがある。お経の上がる前の団子であるから罰が当たることもないと思っているのだが、軽く焼いて食べるともっと美味しい。檀信徒にも勧めてみるのではあるが、私以外誰ひとりとして口に放り込む者はいない。まったくもって食い意地の張った住職ではある。作っている檀信徒にしてみれば一つでも多く作って拾いたいと言う思いがあるだろうし、勿体ないという思いもあろう。私も何十個も食べる訳ではない。せいぜい五、六個である。

実は醤油をつけて食べてみたいのだが未だ試していない。原材料は米粉であるから、言ってみれば「みたらし団子」であろうし、あの秋田名物「きりたんぽ」も半殺しではあるが、似たような味がするのではなかろうか。ん〜、如何にも上手そうだ。

然し、その気になれば「みたらし団子」も「きりたんぽ」も手に入る品物ではある。強いて涅槃団子をつまみ食いして代用品にすることもない。どうもお寺に上がる団子類、お菓子類をつまみ食いする癖がついているようだ。われながら困ったもんではある。

さて、今日は住職のつまみ食いの難を逃れた運のいい涅槃団子を参拝者へ撒いてあげよう。


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「春水」

蜆汁天下論ずることもなく

生きてあるここが最果て野蒜摘む

柳絮飛び風のかたちの定まりぬ

遥々と鶯餅へ口はこぶ

肉体をはみ出さむとし春愁ひ

亀鳴くと信じ人生折り返す

ありふれた手もて春水掬ひけり

鎧なす母の腰巻春の霜

もう一度会ひたいけれど亀の声

青き踏むやり直せると思ひつゝ




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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
いつ見てもかわいい涅槃団子ですね。動物の形は干支のようにも見えます。

それから、参拝の方の手に渡った涅槃団子はどうなるのかしら…?お供えしておくものですか?

kingyo
2014/03/13 15:48

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