再生への旅

アクセスカウンタ

zoom RSS 井の中の蛙、親子遠足へ行ってきます!

<<   作成日時 : 2014/03/17 04:50   >>

トラックバック 0 / コメント 0

画像


妻寝かせ春曙へ舟を出す 玉宗

弟子の瑞世拝登に随行して横浜市鶴見にある大本山總持寺へ出掛ける。帰りは明後日かな。

思えば、總持寺へは数えるほどしか拝登していない。毎年「總持寺直末会」の年賀拝登があるのだが一度も参加したことがない。永福寺も興禅寺も直末門葉寺院に名を連ねているというのに面目ない次第である。
骨山寺院には経費が嵩むということもあるが、基本的に住職である私の理由のない「権威へ不信感」が大きく影響しているのには間違いない。正直なところ組織に組み込まれていながら権威に連なる構図に我慢ならないところがある。これも立派な妄想ではあるが、そのような矛盾に生きる自分自身の弱さや狡さの危険性があることを誰よりも知っている。本山や組織の存在を否定しているのではない。小さい器ながらそのような領域に大人しく収まるような人間ではないことを痛感してきた半生だったということだ。

以前、「お前はグラマンに体当たりしようとしているゼロ戦みたいな男だね」と揶揄されたことがあるが、蟷螂の斧と言えばまだ聞こえもいいが、インサイダーにもアウトサイダーにも徹し切れない、中途半端な存在であるのが実際のところ。その辺はわれながら有耶無耶に生きている人間ではある。井の中の蛙。さびしがり屋の内弁慶。人見知りにして人間垂らし。われながら厄介な人間ではある。お坊さんになっても性格というものは中々変えられるものではない。

そのようなことをつらつら顧みれば、今回「権威の象徴」たる大本山へ足を運ぶことを躊躇しないのも、弟子の瑞世に随行するという立派な、遠慮の要らない理由があるからだ。(随行しなければならないという規則ではないのだが・・)これもある意味、虞を知らない田舎者の所業である。

然し、この機を逃したらもう二度と拝登することもあるまい。吹けば飛ぶような弱小寺院ではあるが、大本山の傘下にあり、お世話になっている現実がある。ここは弟子の為にも、夫人の為にも、今生の思い出作りをしてこよう。お釈迦様も駄目とは言うまい。それにしても、私と言う人間はつくづく本流を逸れたところでお坊さんをしていることよと思わずにはいられない。

なにはともあれ、行ってきま〜す。(帰りは明日の夜かな・・・)


画像


「傍ら」

犬ふぐり些細なことをいつまでも

迸る尿うつくしき花菜かな

春風を聞き分けてゐる驢馬の耳

鷹鳩に化してほとけの傍らに

野遊びの傍らにゐて遥けしや

雁風呂や瘡蓋少し乾くころ

白雲をやり過ごしたる接穂かな

幸薄き姉の蕗味噌泣けてくる

嘘ついて喇叭水仙さびしき日

恋人が雪解のやうにやつてくる




ランキング応援クリック
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 禅・坐禅へ

にほんブログ村 ポエムブログ 俳句へ

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人間・いのちへ

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
井の中の蛙、親子遠足へ行ってきます! 再生への旅/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる