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zoom RSS 今日の自戒・彼岸の道

<<   作成日時 : 2014/03/21 06:48   >>

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けふ彼岸風の匂へる日なりけり 玉宗


今日は彼岸の中日である。

渡るべき彼岸とは?
西方極楽浄土という。西方とは何か?それは近くて遠い「いのちの実相」のことである。単なる方角や距離ではない。真向うべき彼岸の輝きを西方とは云う。それは今に現成して三世に連なる。

「七仏通誡偈」というものがある。
過去現在未来、三世諸仏に通底する教えとされているもの。

諸悪莫作  諸々の悪をなすことなかれ
衆善奉行  多くの善を行い奉るべし
自浄其意  おのずから其の意を浄くせよ
是諸仏教  これ諸々の仏の教えである

ここでいう「善悪」とは仏教を拠りどころとしての話である。社会的価値観での善悪を越えている、言わば「価値観の彼岸にある善悪」というもの。要するに「いのちの絶対性」の話しである。

「涅槃・悟り・解脱」とは「到彼岸」のことである。修行とは私が彼岸に到る道程であるが、それは悟りへ渡れば用のない手段にすぎないといった筋合いのものではなく、生死一如を生きる歩みそのものの事実を言っている。道に窮りがなければ、修行に窮りもない所以である。それは価値観といった拘りや執着を越えている。

「浄」もまた社会的価値観を越えたところの「浄」である。手垢のつかない、いのちありのままの様子を「浄」とは云う。「自の浄」であり、「浄の自」である。「意」とは分別意識のことではない。「我の意」ではなく「其意」である。つまり「般若」のこと。

今も、ここで、なんともない彼岸のいのちを生きている、どこまでも私ひとりのいのちの実相に目覚めて生きる一大事の道標であり、自戒であり、引導である。莫作であり、奉行でなければならない。

追うこともなく、避けることもなく、逃げることもなく、彼此に亘らぬ、ありのままに生きる彼岸の道がある。「到」とは「既到」と受けとる「身心脱落」の宗旨がある。自己のいのちをまるごと引受ける「自浄其意」の宗旨がある。「到彼岸」の威儀がある。「是諸仏教」の作法がある。



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「春の雨」

ものの芽や耳にしたしき雨の音

彼岸会の雨に匂へるうなじかな

壷焼の壷に滾れる忘れ潮

可も不可もなき一日の菠薐草

女医さんは少し尖がりシクラメン

春寒く撃たれし鳥の心地して

遅き日の鬣など手入れして

雨ながら空のあかるき接木かな

草餅の流浪の味をひとりじめ

命日の母よ草餅つくるころ





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