再生への旅

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zoom RSS がらんどうの宗旨

<<   作成日時 : 2014/03/22 06:43   >>

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あたたかな彼岸の雨に打たれをり 玉宗

春彼岸の中日から三日間、大本山總持寺祖院の彼岸会法要に随喜している。
復興改修なった法堂・大祖堂での法要である。能登半島地震以来であるから七年ぶりということになる。改修落慶記念法要は六月の二祖国師大遠忌予修法要に併せて行われる。

昨日は冬に戻ったような天気であったが多くの参拝者があり、真新しい畳の香りの中で嘆仏・永代祠堂・納骨供養の法要がなされた。弟子にとっても初めての大祖堂での進退作法である。待てば海路の日和あり。本来の法堂で修行出来るまで我慢していた甲斐があったというものである。思えば、復興期間中に上山安居し大祖堂を知らないままに送行していった雲水も多いのである。

鶴見の伽藍とは違う能登總持寺の伽藍の雰囲気、山気といったものが間違いなく存在している。先日、横浜に伺ってそれを再確認した思いである。どちらが良い悪いと言う話ではなく、気配の違いがあるのだ。
永平寺のように山の奥ではなく、又、鶴見のように街の中でもなく、なだらかに田舎の山里と繋がっている諸岳山總持寺祖院。自然豊かな能登の地の空気感が否応もなく漂っている。

そのような山に配置された七堂伽藍。禅宗の場合、世間でも使われる「がらんどう」の面目がある。必要のないものを置かず、無駄のなく、合理的で、虚飾を退け、なにもないことが最善であるといった風景。それはそのまま、そこに暮らす仏弟子の生き方、志を代弁し、証明している。言わば「がらんどうの宗旨」である。

そのような山水経の仏法が能登の里山に抱かれている。無情説法がある。有情説法がある。山河大地有情無情一如の仏国土がある。


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「虎杖」

父は今ぺんぺん草のさ中にて

先生に恋せしむかし鼓草

はこべらや嘘の吐けざる子のまなこ

一輪草一輪づゝの日が当たり

花はみな遠きまなざし洲浜草

かたかごや驚く花のかたちして

虎杖や沖行く船の遅々として

またひとり一人静かに来て屈む

花と咲く二人静のゑにしかな

愛憎の面影うすく母子草

生きてゐるこゝが最果て花すみれ





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