再生への旅

アクセスカウンタ

zoom RSS 板橋興宗禅師との出会いの私的覚書

<<   作成日時 : 2014/05/19 22:09   >>

トラックバック 0 / コメント 0

画像


草を引くために出家をしたやうな 玉宗

京都で開かれる板橋興宗禅師米寿祝賀会に夫人同伴で出席する。禅師が大本山總持寺貫首に就任してまもなく「閑月会」という禅師を囲んだフアンクラブができた。不肖私も遅ればせながら名を連ねてはいたのであるが、これまで一度も会合に出席したことはなかった。

禅師様には噂によるとこれまで得度を授けた弟子が二百人ほどいるとかで、まんざらでたらめでもないだろう。
私が得度を受けたのは昭和五十六年だった。「あんたが十番目だよ」とは師匠の言葉だった。十大弟子といえば聞こえがいいが、まあ、単なる十番目の弟子ということだ。それでも板橋興宗子飼の弟子という自惚れがあったのである。今でもある。私にとって板橋興宗が大乗寺の住職になったことも、大本山の貫首になったことも予想外のことであったし、もっと云えばどうでもいい、余計な事件だったのである。仏弟子の世界へ誘ってくれた私一人の恩義だけを感じて生きていたかったということだ。

禅師様との出会いは以前にもブログで書いているように、臨済宗のお寺で出家して間もなく夜逃げして、日本各地をうろつき、紆余曲折の果てに辿りついたのが、当時大本山總持寺祖院の後堂であった板橋興宗老師だった。

出会って一週間ほど祖院僧堂で様子見があって、その後自坊である福井県武生市の瑞洞院に身を寄せることになった。一ヶ月後に得度式を挙げ、そのまま愛媛県新居浜市の瑞応寺専門僧堂へ安居することになった。一年経って間もなく、師匠が金沢大乗寺に晋住。専門僧堂を開単し堂長師家となる。ほどなく私も瑞応寺僧堂を送行し、師匠の膝下に安居することになった。

まだ駆け出しの雲水であった私は修行の真偽、左右も解らず、師匠でもあり堂長でもある板橋禅師に迷惑の掛けっ放し。甘えていたのである。覚えているだけでも二度「出て行きなさい」と釘を刺されたことがある。長い付き合いであるが、怖い顔して、きつい言葉で叱られた記憶がない。「出ていきなさい」もやんわりと諭すように、それゆえにのっぴきならない状況であることを痛感させられたものである。
出て行きなさいと言って置きながら、その都度行き先を尋ねられたし、引受け先を世話してくれるのである。調子の良い私は行った先で行き詰ったり、反省する度に師匠の元へブーメランのように帰っていた。

一事が万事そんな塩梅で、雲水のときは勿論、お寺に入っても、僧堂に勤めるようになっても、心配の種を撒き続けてきたよいうなものである。そんな手の掛る不肖の弟子をもって師匠も困り果てていたことであろう。然し、そんなひと癖もふた癖もある厄介な人間である私に禅師は破格の心を寄せて下さって今に至っているのである。

私も徹底的に馬鹿でもない。曲がり真っ直ぐな仏道人生ながらに見えて来るものがあったし、自得するものがあって今に至っている。それもこれも禅師から頂いた仏弟子の世界を捨てなかったからであろう。往生際が悪いと言う見方も出来るが、なにごとも明らめず、自己を見捨てなかったが故の展開なのであろう。自己を見捨てない、自己をあきらめない。そのようなことを身を持って心を持って禅師は教えて下さっている。

私の本質を見てくれている人がいる。禅師は私にとってそのような安心できる人徳者なのであり、、構えることのいらない存在なのである。そのような禅師さまも米寿となられた。生涯の夢である不離叢林も現実のものとし、立派な後継者も得ることができた。恐らく、私にとって最初で最後の会合への出席となるであろう。天の邪鬼ながら、ここは大人しく人と一緒に祝って差し上げたい。それでは行ってきます。



画像


「ファンシィダンス二十句」

梢吹く風も安居のまどろみに

鎌首のまだ無邪気なる蝮蛇草

草を引くために出家をしたやうな

雲にさへ取り残されて夏めきぬ

蟻の列七堂伽藍めぐるらし

夏籠りの森にもとどく海の音

衣更へて経諳んずる石の上

百尺の竿頭に干す夏布団

大悟もならず池の赤腹嬲りをり

麦飯を平らげ欲も少なくて

生きながら死ねと云はれて朝曇

墨染の袖に逢瀬の南風

丁寧に叱られてゐる新茶かな

ふるさとを遠くに生きてゐる素足

緑陰にほとけの遊びしてゐたり

裸になれば人間臭き典座かな

雲水を着かず離れず鴉の子

不束な夢もいさゝか夏に籠る

恋人を待たせてゐたる緑雨かな

雨降れば雨に眠れる安居かな


画像



「声」

ひるがほの聞きしは誰がため息ぞ

新緑に溺れてゐたる鳥の声

はまなすやわだつみの声はるかより

竹皮を脱ぐ仄暗き音立てゝ

新茶汲む昔話しに耳を貸し

谺して山を励ます花うつぎ

松落葉ことばむなしく鄙びたる

降りそゝぐ光りの音やソーダ水

麦秋の旅なほつづく目覚めかな

呼ばれたる如く青嶺にふり返る


画像



「薄暑」

立山の遠ちに聳えて青葉潮

大の字に眠る薄暑の畳かな

蕗の葉の下ゆく水のさゝ流れ

泊めてもらふ本家の厚き夏蒲団

南風吹くやおまへはなにをしてきたと

花菖蒲舞ひ上がるとも降りしとも

生まれ変はる旅の途中や更衣

風となり海坂越ゆる夏燕

戸障子を外しただけや夏座敷

昼寝覚め生きたここちがしてならぬ

めくるめく光りの中へ金魚売

戒名をもらひ草引く男かな

捨て置きし襤褸のごとくに三尺寝














テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
板橋興宗禅師との出会いの私的覚書 再生への旅/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる