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zoom RSS 拝啓、良寛さま「出家の本懐」

<<   作成日時 : 2014/06/28 20:37   >>

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仰ぎゆく空の高みに夏椿 玉宗

拝啓、良寛さま。
六月も晦日近く、今年も半分が終ろうとしています。無為に過ごしても光陰は矢の如く、仕出かしてしまったことや何もしなかったことへの悔いや愚痴が顔を覗かせたりします。

小さい頃から競争が苦手の泣き虫小僧で、人間より山や川や海の世界で遊んでいることの方が得意でした。
人生という迷路に踏み込む以前、世界は「私のいのち」とともに展開していました。垣根がなかったのです。それは怖ろしくもこころ癒される不思議な世界でした。世界の闇は私の闇であり、世界の光りは私の光りでした。恐怖も、歓喜も、世界と私が共に感応しているかの如くでした。

大人になること、それは謎解きの始まりでした。人生、それはかつて私と共にあった世界からひとりで沖へ漕ぎだすような不安と期待に満ちた道程でした。多くの分かれ道がありました。そして、いつの間にか世界と乖離してしまった漂白の思いを消し去ることができなくなりました。

本当の世界へ辿りつきたい。本当の自分でいたい。それが私の出家した動機でした。

自らを大愚と号した良寛さま。あなたは昼行灯とか阿呆のごとく村人に呼ばれたこともありました。当時からあなたの徹底した修行時代を知るものは少なかったのでしょう。あなた自身も又、そのような道心の痕跡を残すことを潔しとしませんでした。仏法のぶの字も語らず、村の子供らと鞠をついて遊び、月夜の強盗には知らん振りを決め込み、墨が無くなれば空に向かって筆をなぞり、庄屋の放蕩息子には涙をもって諭された良寛さま。
あなたには仏法とか世法とかの垣根、権威、タブーがありません。世界と一体であるような、世界とぶっ続きであるような、求心というわたくしもちの影がないのです。

仏弟子という生き方の一つの典型。のびやかに、ひろやかに、しなやかに。そして、たくましく。欲望に苛まれることの愚かさ、生死に拘ることの愚かさを身を以って教えて下さった良寛樣。ひとりごころに徹したその姿が、多くの名もなき民の魂を救いました。われを空しく生きることの厳しさ、あるがままに生きることの難しさ。そして、なんともなさ。貧に学ぶ、いのち満ち足りたその日暮らし。欲望の彼岸。

そのような出家の本懐を私も遂げる事が出来るでしょうか。




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「半夏生」

捕虫網李を入れて戻りけり

あかつきの夢のしのび音ほとゝぎす

金亀虫山ふところに夜伽の灯

がうがうと空が流るゝ花藻かな

米櫃の暗がり覗く半夏生

天道虫ジタバタ空を降りて来し

てのひらのまだ幼きが杏欲る

疑へばきりなし石榴咲くのさへ

満ち足りて愈々さびし昼寝覚

丑三つの月に嘯く米の虫

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