再生への旅

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zoom RSS 今日の妄想・われ思う、ゆえに我あり?

<<   作成日時 : 2014/08/25 17:18   >>

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萩の風そこを退いてと云はむばかり 玉宗

お盆も過ぎ、秋の祭りも終わり、秩父巡礼の家族旅行も良い思いでとなった。そんな充実していた八月もあと少し。弟子も僧堂へ戻って行った。また夫人と二人の生活が始まっている。
虫の音も耳につく今日この頃である。様子が変わってしまった最近の気象で災害が後を絶たない日本ではあるが、それなりに季節は着実に四時運行し、移り変わっている。先の見通しの利かない現実ながら、感傷に浸っている暇はない。思いに振り回されず、秋は秋なりの出会いに、今のいのちをまっすぐ生きていかざるを得ない。

我思う、ゆえに我あり?
思っても思わなくても、もの足りても、もの足りなくても、あるものはあり、ないものはない。我とはなんぞや。思いとはなんぞや。我とはなんぼのものか。思いとはなんぼのものか。我の思いにうなされて、我の思いに引きずられ、我の思いに先立たれ、残ったものは如何ほどのものか。よくよく点検してみるがいい。

さて、もうひと踏ん張りしなければならんね。

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「処暑」

処暑の妻鳥の如くにうたた寝す

鶏頭の怒り心頭にくろずめる

生まれて以来迷うてばかりゐのこづち

地蔵盆日暮れて遊ぶ声がして

山葡萄はらからひとりづつ消えて

神送る秋夕焼けの渚辺に

古池に収まりきらぬ芭蕉かな

白雲の行方も知れず秋桜

譬ふれば遮二無二生きて藪枯らし

送行の星が瞬く日なりけり



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「鰯雲」

子を送り届けて虫の夜を帰る

唐黍畑逝きて帰らぬ父祖の地の

稲光り夜空に閨のやうなもの

昼からは雨に祟れて秋祭

水引のなかば消え入りさうに咲き

秋茄子の朝日に濡れし濃紫

嬬恋の雲より高き案山子かな

明日の空へ引き揚げてゆく鰯雲

葡萄食む一粒一粒素直になる

人の世に深入りしたる飛蝗かな



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「窓」

窓開けて夜の向かうの虫しぐれ

漆黒の夜の蟋蟀夜の雨

さびしらのまなこに止まる蜻蛉かな

窓といふ露けきものに身を寄せぬ

撫子の摘めとばかりに草の原

はぐれ蟻釣舟草に宿を借り

弾けたる如くに鰡の飛ぶ入江

落鮎の落ちゆく先や柄杓星

小鳥来る心に窓のやうなもの

いとど来て耳を澄ませる夜の窓

母一人子ひとり灯下親しめり

峰をゆく雲の速さよなゝかまど





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