再生への旅

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zoom RSS 今日の諸行無常・いのちの危うさ

<<   作成日時 : 2014/09/11 19:03   >>

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また一人秋の浜辺に来て坐る 玉宗

ここに来て若い人が立て続けに亡くなり、いやが上にもいのちの危うさに思いが及んでいる。
一人は私より一つ年下の男性。脳梗塞が死亡原因だった。急逝と言ってよい。年頃の子どもを遺しての他界。本人は無念の思いの湧く間もなく逝ってしまったが如くである。枕経の際に拝顔すると、うっすらと微笑しているようで、死んでいる様には見えなかった。まだまだ働き盛りで、地域の人望も厚かったようである。家族の方が余程無念であることは想像に難くない。弔辞の間、遺族席からの嗚咽が已むことがなかった。同年代の死に真向かう機会が少なくない。さてと、わが身に還った時、今自分が死んだとして家族を路頭に迷わすようなことがないだろうかと考えさせられ、立ち止まらせるのである。家族とはなんだろうかとも。

もう一つは、所謂「逆縁」の死である。それも三十歳になったばかりの自死である。ときに自らの手でいのちを葬り去るという人生の行き詰まりがある。この世に生れ落ちたということは「授かったいのち」であるという見方が正しい。が、それも見方を代えれば一方的にどこからか押しつけられたいのちのように思えないこともない、といった正し過ぎる見解となることがある。

いのち行き詰らない生き方こそが、お釈迦様の諭され、実践された本義であり、それ以外の何ものでもない宗教うの宗教たる所以だと思っているのだが、そのような人生の導きをわがものとせぬ前に自ら人生の終止符を打つ、その悔しさは親御さんがだれよりも痛感なさっていることであろう。

家族とは人として生きていく学びの最初にして最後の砦である。社会という砦の外でも逞しく生きていく知恵と体力を教え、教わるのが家族の基本であろう。それにしても、家族と雖もそれぞれの人格を生きており、又、生きていかざるを得ない。それにしても子が親に先だって自死するとは口惜しいにもほどがある。先に死んでいった子供から残された親は何を学べというのだろう。

病気での死も、自死での死も、危うきいのちの因縁の相であることに変わりはない、といったら叱られるのだろうか。わたしが生きている、生きている私、とだれもが思い込んでいる。いのちあることの限りなさをいうときに、人はどれほどの領域を抱えているのだろうか。いのちとは。「私」が思うほどに、且つ「わたし」と囲い込むほどに狭く、小さいものなのだろうか。行き詰るいのちとは何だ!いのちは「わたし」がどうこうできるような代物ではない。私が生きている、というのは一つの抜き難い妄想である。その先に自死という行き詰まりがあるだろう。その自死さえ「私が死ぬ。私の死」という抜き難い妄想の中でのものではないのか。それにしても口惜しいことだ。

確かに、人生の現実とは、これでもか、これでもかといった具合に苦難の山河が立ち表れる。人生の苦難、それはその人が越えられる限りの苦難を与えているという神の意であるといった訓戒、それもまた良しとしよう。いずれにしても、遺された親や家族には、それが神の悪意ではなく、善意であると受け止めることができる日が来ることを願って已まない。合掌。



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「発句」

糸瓜さへほとけになれる発句かな

実むらさき新古今集の難があり

へうへうと満を持してはいざよへる

なめ味噌を分けて貰ひぬ十六夜

さよならが言へずに生きて身に入みて

いなつるび神が火遊びしてをりぬ

月光に引き裂かれたる芭蕉かな

鯊釣のかはたれどきとなりにけり

等伯の松を揺さぶり野分過ぐ

旅人なる老いを敬ふ日なりけり

親離れ子離れ天の川掛かる




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「露草」

露草や目開いてゐて見えぬもの

明日よりきのふは遠し秋渚

捨てられし如く花野に目覚めけり

烏鳴いていよいよ淋し秋夕焼

龍淵に潜みし泥の眠りかな

稲妻や嫁を攫ひに来たるかと

子に誇るものとてなくて草を吹く

猿酒や今も何処かに山月記

旅をせぬこころのすさび大根蒔く

わたしだけの母が小豆を打ちにけり



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「風二十句」

秋風を聴きとどめたる海馬かな

殺陣の風に鎌砥ぐいぼむしり

野ざらしの色なき風がのどもとに

行く末や芒に風の吹くにつけ

沖はまだ夜の風吹く衣被

赤とんぼ風を手玉に行き交へる

椋鳥が風のかたちに固まつて

水のすさび風のすさびや鮎落ちぬ

大概の風にはびくともせぬ南瓜

黍嵐案山子傾け去りにけり

あほらしやコスモス風に揺れてさへ

手に負へぬ風に破れし芭蕉とも

馬追が上手い具合に風に乗り

鷹渡る伊良湖の風をわがものに

風止んで喧しくなるがちやがちやと

高嶺星吹き忘れたる野分かな

蓑虫の風に吹かれてゐるばかり

虫売りが引き揚げてゆく風の中

秋風に吹かるゝ身ともなればこそ

丑三つの風が月雲吹き晴らし











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