再生への旅

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zoom RSS 今日の現成公案・安楽死って、なによ?!

<<   作成日時 : 2014/11/10 20:52   >>

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綿虫の力の限りうつろなる 玉宗


海外からのニュースであるが、若い末期がん患者の二つの生き方・死に方が話題になった。
一人は安楽死、一人はそのときまで生き続けることを選択した。キリスト教的には自死は認めらていないのが一般ではなかっただろうか。いずれにしても、ここには死も生も選べるものだという認識がある。生きている私、私が生きている。或いは、死んでいく私。私の死に対するいのちへの、つまり生きている事実への抜き難い観念の先行があるようだ。

本人であろうが家族であろうが、又は他者であろうが、末期の苦痛を和らげたいという人間の情、その先に安楽死もまた用意されたのであろう。延命治療や医療も又、本来そのような事情を鑑みての努力であった筈である。実際には医療の力が及ばない末期がんの患者が今もいるのだろうし、余命の宣告という必要悪が市民権を得ている現実もある。

人は病の中で生きて行くことをどのようにして正当化するか。神も仏もないと見限ったとき、人は何に寄り添って生きて行くのか。神仏の無力さよりも、いのちの無力さに打ちのめされることの方が人間にとっては絶望の淵に立たされていることを痛感するだろう。そして、まさしく、その絶望の淵からしか再生の展望はきかないのではないか。いずれにしても自分の生死を生きるのは自分である。ところで、私たちは自分自分と如何にも解り切ったもののように云いもし聞きもするが、私とは安易に見限るほど解り切った代物なのかどうか。いのちとは全てが自分持ちのものであると果たして言い切れるのかどうか。いのちは能動的にして、且つ受動的なものではないか。いのちとは科学という学問ではない。生きている事実のことだ。どのように生きても責任を問われない自己限りの領域のものにして、関わり合わなければ存在し得ない種を孕んでいる一つの矛盾である。閉ざされつつも解放されている一つの謎、一つの宇宙のようなものである。

生れて来た時も、自分が選んできたのではない。生きている今も自分という全能者が生きているのではない。権利といった概念を持ち出すのならば、生きて行くことも、自死も、すべてが権利のなせるところのものであろう。そのような代物になんの言い分があるのだろうかとふと思う。私の言い分を遥かに超えた世界だけが私を黙らせる。じたばたしながらも、帰るべきところはそこにしかないかのように生きていくことになんの遠慮があるだろうか。

あきらめたところで人生は終る。仏道は生きながら死んでいる人間に成り下がっていいのかと試されている。安楽死を人生の放棄と云うつもりはない。避けられない苦痛や困難に耐え難い弱さも又人間である。それにしても、生老病死それぞれ、そのときそのときの学びがある。絶望がある。展望がある。再生がある。断絶がある。孤独がある。妄想がある。救いがある。苦楽がある。別れがあり出会いがある。迷いがあり悟りがある。無があり有がある。虚があり実がある。諸法がある。自問自答がある。諸行無常がある。ありのままに生きて行く力、ありのままに死んでいく力、それもまた私という狭い括りを越えた地平から授かる光りのようなものではないか。そこに宇宙があるように、私の生老病死を受け入れたいと思っている。




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「初冬」

ほころびを繕ふ冬のはじめかな

百済仏ひそかに守り冬籠

雪吊りていよいよ低き能登の空

戒律の空また仰ぐ冬安居

冬来ると歩哨に立てる烏かな

雨だれのきらめいてゐる花八つ手

枯野より少し憤慨して戻る

無為にして任されてゐる焚火番

見えてゐる先祖の墓へ冬田べり

出家なる干し大根のやうなもの

黙読のごとき空あり冬椿


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「掃く暮らし」

朝いてふ夕べさざんか掃く暮らし

北窓を塞ぎ棺のやうな部屋

朴落葉駄句のごとくに吹かれをり

言ひ訳は今川焼を食べてから

どうだろうそろそろ畳替へないか

いいことがなかつた母の日向ぼこ

焚火して一番星を帰りけり

冬空に張り付いてゐる女郎蜘蛛

実南天軒の日差しを袈裟掛けに

高舞へる鳶の奢りや神渡し

来てみれば時雨の中や竹生島

寡黙なる父が呑み干す冬の水












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内 容 ニックネーム/日時
今年は不幸事の多い年でした。5歳年下のいとことの突然の別れ…。そして生後7ヵ月の甥っ子との別れ…。命とは何か、一生懸命に生きるとは何か、を考えさせられました。
いとこは両親が厳しく何一つ好きなことをさせてもらえず、社会人になって両親に隠れて一番やりたかった柔道をしていました。私の家族は知っていましたが、いとこの両親が知ったのはお通夜の日だったようです。高校を卒業してから仕事を転々としており、亡くなる約1年前にお菓子作りの仕事にめぐりあい、専門学校で勉強したいと思っていると目を輝かせていた矢先に急死してしまいました…。28年間の中で輝いた1年だったのではないかと思います。
甥っ子は生まれつき難病を抱え、2週間に1度は入院し輸血を繰り返していました。輸血直前は顔色も悪く息も荒くなっていましたが、それでもニッコリしてくれて笑顔を絶やさない子でした。7ヵ月の命で何を思い、何を感じたのかとふと思ってしまうことがあります。それこそただひたすら生きよう生きようと生きていたのではないかと…。

生きたくても生きれない命と、自分で選択して絶つ命…。いとこと甥っ子の別れがあってから、ずっと考えてしまいます。

しかも甥っ子は双子でしたが、今は元気にしている双子のお兄ちゃんもまだ発症はしていないものの同じ病気を抱えており、確率論でしかありませんが、6歳までには発症すると言われています。発症すれば骨髄移植しかなく、同じ病気での移植後の成功例は現在1人とのこと。

当たり前のような日常、当たり前に明日が迎えられること…。それが当たり前でも普通でもないと感じる今日この頃です。

命…。生きる…。
最近は自分自身が色んなマイナスなことが重なり、辛くて悔しくてどうにもならないことが多いのですが、それでも精一杯生きなければならないと思っています。
しぃ
2014/11/11 20:33

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