再生への旅

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zoom RSS 臘八成道の一大事

<<   作成日時 : 2014/12/02 16:13   >>

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人の来し夜はよく爆ぜる炭火かな 玉宗


十二月一日から八日未明までは臘八接心が各僧堂で修行されている。

釈尊成道の因縁を慕古しての宗門を挙げての行持の一つであると言ってよい。仏教が釈尊成道から始まっている支派流注の淵源である。釈尊が新しく世界の道理を築いたというのではなく、世界を道環する実相に目覚めたという事実がある。嫡々相承して今に至るいのちの実相。人生の真相。それに目覚めて生きよと仏道は繰り返し、標とする。諸行無常の人生に生き、諸行無常の人生を学び、諸行無常の人生に死す。言いかえれば、仏のいのちを生き、仏のいのちを学び、仏のいのちを死す、ということ。そこに自浄其意の端的があり、仏教の面目がある。信心がある。信身がある。

一見明星草木国土悉皆成仏。

弟子も今、三回目の臘八接心に臨んでいるところである。
自己の光明を戴くのは自己のみである。誰も代って自己のいのちを生きてはくれない。退くに及ばず、求むるに及ばず。知足の自己の光明にまみえることを願って已まない。欲望界隈の小事大事は疾うに飛び越えての話しなのである。これが人生の一大事でなくてなんであろうか。


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「臘八」

臘八の始まる山のしづけさに

その奥に神の居坐る襖かな

お七夜の念仏申す夜の底

時化つづく能登の荒海親鸞忌

床臥せに雪見障子を引き上げて

夢つづく旅の途中の枯野かな

少し老い少しふくらみ日向ぼこ

着膨れて墓石の如きおもひあり

もの云はぬひだるさ焚火してをりぬ

ぐつぐつともの煮てをれば眠る山




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「咽仏」

咳込んで痰を吐きだす仏かな

コーヒーにミルクはいらぬ寒さかな

足もとは疾うに真つ暗葱を抜く

焚火する動機がどうも見当たらぬ

湯ざめしてNHKを見てゐたる

さざんかの咲くといふより散るために

風呂吹を温め直して倦怠期

生きてゐるここが最果て雪来るか

海鼠腸を啜る一度の人生の

箸置をふるはせ能登の鰤起し



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「前世」

前世は踏んづけられし海鼠かな

三つほど蜜柑を喰うにお邪魔する

さびしらの首差し出して白鳥来

さよならを待たされてゐる霙かな

いつまでも風邪とも云へず起き出しぬ

洋々と銀河夢みる鯨かな

鶴にだけ見ゆる不安のあるらしく

海豚来て愛のごときを囁きぬ

深海の闇を纏ひし鮟鱇かな

柳葉魚焼く様が如何にも只のひと



















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