再生への旅

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zoom RSS 今日の諸行無常・原郷と共に生きる

<<   作成日時 : 2014/12/19 20:40   >>

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雪晴れて半ば埋もれし冬菜かな 玉宗

定年まで故郷を遠く離れて生きていた檀家さんが亡くなった。
数年前に帰郷し、年老いた両親と一緒に暮らしていた。故郷での新しい生活が始まるという矢先の急逝である。故人の故郷への思いは推し量るしかないのであるが、人間だれしも故郷へのいわく言い難い、已むに已まれぬ、愛憎半ばした思いと云うものを持ち合わせているだろう。それは理屈で割り切ることのできない領域の光りと闇を抱えている。まるで、母親の胎内で臍の緒で繋がっていた羊水の記憶のように。

人は人となるためにこの世に生み落とされるのであるが、それぞれの環境の違いがあるとはいえ、だれしもが「原郷」というべき魂の帰趨を抱えて生きていよう。その原郷は生涯を通して寄り添っている影法師でもあろうか。故郷に暮らしても、故郷を出て生きていてもそれは紛れもなく私の身心と共にあるなにものかである。
断ち切ろうとしても叶わぬ望郷ともいうべき原郷への思い。

さて、いのちというものの在り様を顧みたとき、わたくしどもは本来的になに不足ないままに生れ、生き、しんでいくのであるが、いつともしれず分別が働くことで、如何にも故郷喪失感に苛まれたり、或いは、故郷を出なければ自立できないかのごとき錯覚に陥る。社会的存在である人間性の一側面として、確かに井の中の蛙に止まることの危険性があるのではあるが、仏道的にはどこに生れても、どこに生きても、どのように生きても、仏のいのちと寸分変わらぬ「原郷」を持ち合わせ、「原郷」と共に存在しているといった目覚めがなくてはならんだろう。

故郷に足りないものがあるのではない。私自身の中に足ることを知らない「存在への飢え、生きていることへの飢え」がありはしないか。故郷をすてるというのも一つの妄想である。それは自己が自己のいのちを引受け続けなければならないという事実以外に、捨てるべきものもなければ、逃げるべき由もまたないのであるということ。
自己のいのち、それは環境や自然や社会や家族であったりする大きな世界である。それらすべてをひっくるめての原郷であるということ。

供養とは生き残った者の一方的な気休めではない。死者と共に生きるとはどういうことか。いのちは生と死が一体のものである。生を生ならしめるのも、死を死ならしめるのも、生死一如、共に寄り添っているからのこと、表裏一体の話しだからである。死者と共に生きること、死に寄り添うことによって全うできる生の本分といったものがあろう。死も又、そのような生を俟って死を全うできるのである。

生きるとはいのち戴くことにほかならない。生き残るとは死を戴くことにほかならない。死者の魂や肉や血や志しを戴いて、寄り添う事で遺族のあらたな生きる力となり再生するのである。生とは実に死者と共に存在していることにほかならない。母の胎内でそうであったように母の肉と血をいただきこの世に生れ落ちたのである。生きている今も、死んでゆくその時も、死んでからも、いのちは与え与えられつゝ存在し続ける。いのちの原郷を相続し続ける。

家族といえども一期一会の縁である。だからこその人生の宝なのであり、その宝をどう活かすかがそれぞれに試されていよう。父親であり、夫である故人の、已むに已まれぬ生きざま。そこにあったであろう原郷への思い。その思いに寄り添うことこそが宝を相続することであり、自己のいのちに深まることであり、死者と共に生きる事で得あり、生死共に成仏する。自己の原郷をまっすぐ戴く。それこそが眞の供養ではなかろうかと遺族には申し上げたことである。


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「恵比寿講」

恵比寿講能登の海荒れ始まりぬ

氏子らに抱えられ来る恵比寿かな

雪見してしこたま酔うて夜の底

さ迷へる夜風と思ふ炬燵かな

生き死にの手際のよさが火を埋む

亡骸によりそふ炭を熾しけり

牙を剥く猿を手懐け回しけり

消えてゆく音して雪の降りしきる

冬滝や過ぎし月日の美しく

注連を綯う藁より固き手のひらで

羚羊のまなこに映る雪崩かな



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「ハーフタイム」

なまくらの屋根の雪積む氷柱かな

湯豆腐をうやむやにして平らげる

雪野来てウオシュレットに歓喜せり

夜咄も自前でありぬ稲畑家

ラグビーの数が足りない泥塗れ

サッカーのハーフタイムの烏かな

告げ口も叶はぬ鴨の嘴よ

百合鴎まだ見ぬ夢の眩しくて

鴛鴦のもはやストーカーではないか

ごろすけほう鼠が走る森の月

海といふゆりかご鯨うらがえる



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「永訣の朝」

あめ雪になかば埋もるゝ冬菜かな

妹の頬つぺた紅くざらめ雪

白絹の音して里のささら雪

雪の夜の曇りガラスをなぞるなり

納棺の音漏る逆さ屏風かな

夜伽の灯雪積む夜に囲まれて

足袋穿かせ送り出したる冬銀河

亡骸に寄りそふ炭火熾しけり

うまさうに雪積む傘の地蔵尊

腸に潜む息の根白く吐く

永訣の泪も寒きあしたかな















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