再生への旅

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zoom RSS 今日の諸行無常・消滅寺院?!

<<   作成日時 : 2015/06/01 08:38   >>

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佇めば言葉よりそふ額の花 玉宗

先頃からインターネット上やらなにやらで「お寺が消えてなくなる?」みたいな記事を散見している。25年後には現在約17万か寺ある宗教法人のうち3分の1に当たる約6万か寺が消滅するというものらしい。曹洞宗に至っては42パーセントという高い数値が出ていた。「消滅寺院」というタイトルは如何に注目を浴びるのに不足ない物言いではある。

後継者不足、人口減少、宗教意識や檀家制度の崩壊、「家」意識の希薄化等の要因が以前から社会現象として紛れなく続いている。檀家がなくなったり、後継者がいなくなったりということでお寺を兼務するという事態になって久しいものがあるだろう。近いところでは、輪島市でも後20年後には人口が半分になるという識者もいると聞く。このような事態になって問題意識を持ち始めた宗教界のようであるが、それは宗派という組織維持への危機感なのではあろう。今後、廃寺、統合、合併、再編成の動きが加速されていくだろう。

然し、世の中の有為転変、人口の増減、景気の上下、等々、諸行無常は、仏教のいろはではあったのである。お寺と云う社会現象も又その例外ではない。少子高齢化、地域格差、一極集中の現実の中で、その日暮らしと大差のない苦楽の中で生きているお寺がある一方で、数の多さに胡坐をかいて甘い汁を吸い続けている大企業の如きお寺もあることであろう。それもこれも自業自得ということになるのであるとは心得てはいる。
小さいお寺には小さいながらの苦楽もあり、大きなお寺には大きなお寺なりの苦楽もあろう。それは比べる必要もない、当たり前の自己の世界の話である。「消滅寺院」云々で認識しなければないこととは何なのだろう。住職で喰えなくなったらどうするか、という問題なのだろうか。

町民の減少には歯止めが利かないかのようであり、興禅寺の檀家現象も免れ難いところ。平成3年に住職なったときは名簿上では42軒の檀家を引き継いだ。その後能登半島地震を経て、現在では30軒となった。そのうち町外、県外は10件に上る。お寺の行事に参拝する家は推して知るべしである。そうではあるが、そのようなすくない檀家でお寺を護って戴いていることに住職として心より感服し、深く感謝しているし、菩提寺を守ることは、仏を守ることであり、家を守ることであり、先祖を守ることであり、自己の信仰を守ることであり、ふるさとを守ることと同じ真心の表れであると信じている。

余儀なく門前を出られて他郷に暮されている檀家さんもそれぞれの御苦労、気苦労も多いことであろうが、住職としての願いは町に残った檀家、町外に暮す檀家、共々に力を合わせてお寺を盛り上げていただき、行事を守って戴き、ふるさとを守っていただければと切なる思いがある。少ない檀家ではあるが住職としてやれるだけのことはやる。檀家がいなくなっても住職であるには変わりない。現に永福寺は檀家が無くても信者さんに支えられて今日までお寺としてやってきた歴史がある。喰えなくなったらというが、お坊さんが喰えなくなるとはどういうことか。喰うものもお金もなくなったら托鉢をすればいいのである。下座行は出家者の基本であり、全てではないか。まさか、人様がうらやむような暮らしをしたくてお坊さんをしている訳でもなかろうと自分に言い聞かせてはいる。

消滅も再生も継続も発展も、因縁のしからしむるところ。消滅してなんら差し支えないものならば因縁がそのような代物にしてくれるだろう。再生も継続も発展も又然り。仏法僧の三宝護持に檀家、信徒は欠かせないものであることは百も承知ではあるが、夢々、数を貪るという愚かさをしでかしたくはないものだとは思っている。

武士は喰わねど高楊枝。そのような気概を以って社会に処し、自己を確立していきたいものではある。

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「ふつゝかな」

桑の実やはらから一人づつ消えて

至らなさを償ふ汗でありにけり

萩若葉風を手懐けはじめけり

通りすがりの風にうなづく若楓

梢吹く風見てゐたる洗ひ髪

行水の妻の音して見るに見かねて

日傘せし妻が他人とおもへぬなり

ふつゝかな夢みて水を打つばかり

梔子の繙くやうに花ひらき

便りなき妹一人芥子の花

烏賊釣りの父の漁火指差しぬ




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「沖」

鬼灯のまだ灯点さぬ青さかな

舟虫に知らんぷりして沖を見る

潮湿る黒髪茅花流しかな

玫瑰やわれに流浪の沖があり

めぐり会ふ旅の途中や花いばら

夏草の埋もれてみたき丈なりけり

生贄を挿しだせと啼く杜鵑

訣れなほ寝た子起さぬ閑古鳥

羽抜鶏一線越ゑて来たりけり

手探りの森の奥より青葉木菟


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「焦がす」

京鹿子さながら旅のあさぼらけ

あぢさゐのまだ色なさぬ日数かな

薔薇咲いて日差し焦がすやひとしほに

ゆきずりの人みな遠き暑さかな

佇めば言葉よりそふ額の花

夏燕見果てぬ空に恋ひ焦がれ

夏の雲一人で生きてゆけとこそ

草いきれ免れ難きふるさとの

夏蝶のかまはないでといふ風に

沖遠く薊は夏を焦がしけり

水無月の風を見てゐて何もせず









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