再生への旅

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zoom RSS 人間らしさもいいけれど

<<   作成日時 : 2015/07/28 20:13   >>

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かゝる世の空の高みに沙羅の花 玉宗

「つまづいたっていいじゃないか にんげんだもの」

詩人にして書家の故・相田みつを氏の言葉である。相田氏の詳細な生涯は存知していないが、死後、その作品を御長子が美術館などに所蔵し、著作権管理をしている。
私は以前からこの言葉にどこか引っかかるものがあることを誤魔化せない。それは「人間らしさ」への甘え、免罪符を強要しているような響きを感じてしまうからだ。おそらく、それは私の個人的偏見・感受性によるものである。もっと言えば、そんなことは言わずもがなで、殊更に事挙げするに賛同しかねるといったところか。「人間らしさへの甘え」それが取りも直さず、私の中に陰に陽に巣食っていることを私自身が厭というほど知っている。因みに、この言葉は以下に続くらしい。

 くるしいことだってあるさ 人間だもの
 まようときだってあるさ 凡夫だもの
 あやまちだってあるよ おれだもの
 愚痴をこぼしたっていいがな
 弱音をはいたっていいがな 人間だもの
 たまには涙をみせたっていいがな 生きているんだもの 

 それは、そうだ。私はそれを否定しない。否定はしないがそこに胡坐を掻いて生きていこう、という逞しさを持ち合わせていないのだ。私は人間らしさを忌避し、見切って出家したようなところがある。端からは無理をして、痩せ我慢をして生きているように映っていることであろうと思う。柄でもないのにお坊さんなんかして、いい気なもんだ。というような声が聞こえないこともない。

然しながら、私にはどういうわけか「人間らしさ」に流されるのが我慢ならないというところがある。お坊さんが在家より偉いとかどうだとかという問題提起ではさらさらなく、視座を換えて言えば、在家のままでまともに生きて行く自信がないのだ。その実、生身の私はご覧の通りのいい加減なお坊さんであり、言う事と、している事と、理想している事との乖離が甚だしく、その矛盾力の凄さたるや、神様に見放されたるが如きである。お坊さんであることに胡坐を掻いているのかもしれないが、社会人として「落ちこぼれ」であると見放されてもいい、という覚悟もある。

それにしてもである。「おまえはどっちを向いて生きて行くんだい?」と問われて、痩せ我慢をしてでも「仏さんの方を向いて」と言いたい。変な言い方だが、お坊さんであることで、なんとか人並に、まともに生きていられる、といった節が大いにあるのだ。お坊さんをしたっていいじゃないか。痩せ我慢したっていいじゃないか。人間だもの。これも又、人の世の実相である、というより、人間らしさの一側面であろうと思っている。

相田みつを氏は決して「人間らしさ」に流されて生きた方ではない。精いっぱい努力し、研鑽し、現実に向き合い、七転八倒した人生であっただろう。その中から生まれた詩作品なのであり、魂の言葉なのである。彼自身も又、人の見えないところで痩せ我慢をし、自己の「人間らしさ」と格闘していたに違いない。だからこそ、彼の作品は胸に響き、心に沁みるのであろうと思う



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「声」

こんな世は一人地酒を冷やすべく

冷酒や山河破れたりし国の

哀しきまでの縁とおもふ蚊帳の中

捻花や遠くで遊ぶ声のして

中元や蝉の羽なる衣着て

竹婦人抱くほどの欲あるにはある

昼寝せし妻ゆり起こす見るにみかねて

声出して笑はずなりぬ夏の果て

陶枕を好み世離れしてゐたる

世を馳せしほまれも古き簾かな


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「群衆」

差し置かれ一人草引くばかりなり

舟発ちし後のざはわき昼寝覚

夕菅や誰待つとなく暮れ残り

蓮の花風を吐き出し波打てる

西瓜喰らうて怒涛のごとく満足す

ダリア剪る雨後の雫を滴らせ

貧しさに慣れてしまへり銭葵

向日葵の大群衆に押されけり

キウイまだ若きふぐりの硬さなる

涼しさや花や実となる木隠れの

偶に来る実家の暗さ花槐

百日紅空に仕へて家出づる



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「弔句」

月星の雫に濡れて夜干梅

稲の香に噎ぶころとはなりにけり

彼の岸へ波打つ蓮の台とも

道半ば斃れ伏したる草いきれ

デスマスク逝きて帰らぬ涼しさの

しょうがない顔して端居より戻る

永訣の泪も塩となる暑さ

褒美の如く死者を埋めし夏花かな

明日は旅立つ夫を見送る髪洗ひ

屍に添ひ寝して夜の短さよ

青葉木菟夜に深入りしたらしく

単衣きて魂うすきゑにしあり

夜や秋の行方も知れぬ仏かな




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