再生への旅

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zoom RSS 空っぽでなければ施せない

<<   作成日時 : 2015/08/30 16:56   >>

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必死さのいさゝか足りぬ稲雀 玉宗


永福寺では毎月お地蔵さんの縁日に、その月に戴いたお布施と物品を書き出して、本堂に貼り出し回向している。不景気のせいでもなかろうが、最近はその項目の半分以上を物品が占めているようになった。お花 、御仏米、お菓子、梅、茄子、胡瓜、トマト、豌豆マメ、キャベツ、昆布、若芽、じゃが芋、烏賊、等々。まるで物々交換のような有り様である。言うまでもなく、人様からのお布施で露命を繋いでいるのがお坊さんである。ある意味その日暮らし的生き方ではある。いづれにしても、財施を受けるに値する生き方をしているだろうかと、毎月書き出すたびに反省させられる。お金をお布施して戴くのと違った有難味・真心が「もの」にはある。
 
嘗て、沢木興道老師は「お坊さんは人並以上の暮らしをするべきではない」というようなことを言ったらしい。人並な生活がどうのようなものであるか、時代と地域性によっても異なり、一概に言えないかもしれないが、現在、巷間耳にし、目にするお坊さんたちの暮らしぶりをどのように思われるだろうか。否、他人事ではなく、私の生き方を見たらなんと言われるであろうか?社会的風潮として、お坊さんが敬して遠ざかりたくなる存在となる要因がその暮らしぶりにあるのではないかと思わないではないが、一方で、ものや財の多少で左右される道心というのも情けない話ではある。

ところで、お坊さんは一方的に施しを受ける存在ではない。自らが率先して、身を施し、心を施し、ものを施し、生を施し、死を施し、法を施さなければならない。施しのプロ。貪ることのない身心ともに柔軟な姿勢でなければ何も入ってこないし、何も創造することができないだろう。.布施行は絵空事ではない。人生の真実であり、人間社会の真相であろうと思っている。欲望の彼岸を志している仏弟子修行の真偽、それは私がどれほど無一物に徹して生きているかということに尽きるだろう。

貪りや拘りを持ち歩いていては施すことなど到底叶わない。貪りの果ては行き詰まりであることを知らねばならない。身も心もからっぽでなければ施すこともできないのが真相である。生きるとは施し、施されることに他ならず、自立とはすべてを我がものとすることではない。すべてにおいて無心に生きる力量、器の大きさを言うのである。施しを受けて卑屈にならず、施して慢心を起こさず、生老病死に於いて常に淡々と四苦八苦してゆく。一切の苦厄のあってなきが如く、風鈴がどんな風にも自在に響くように、空っぽになって、あっけらかんと爽やかに生きてゆきたいものである。



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「寝返り」

日を呑みし海の向かうや鮎落つる

とんぼうの風をいざなひいざなはれ

鮎錆びぬまなこ切なく見開いて

もの思ふ裾を濡らすや草の露

ひとり世に空の高きをうち仰ぐ

桃といふ手ごろな尻のやうなもの

秋明菊おもひの丈を差し出して

蓑虫の寝返りを打つさゆれかな

盆東風の礁に夢を靡かせて

前線へ引き揚げてゆく鰯雲


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「そよりと」

水落ちてそよりともせぬ稲穂かな

逞しき母のおゐどや稲を刈る

うれしくてたまらぬやうに稲雀

噎せ返る稲に囲まれ刈り始む

ごそごそと黒穂を抜いてゐるらしく

秋蝶のついてくるなといふ風に

鶏頭の火の手が上がるやうにして

気まぐれな蜻蛉を連れて村境

家を出て家を思へりえのこ草

見下げたる大和魂穴惑ひ

秋風や吾に返れといふ風に

さやけさに土手を登れば明日見えて

葛咲いて遠流の里となりにけり

落鮎や流れを急ぐ水の音


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「をのこ」

をのこみな沖に恋して実玫瑰

目覚めてはあの世とおもふ花野かな

藪枯らし善意といふも面倒な

見下げたる男のやうに秋茄子

だれになんと云はれやうとも穴惑ひ

鳴子守閑さうにして余念なく

行水の名残りやくさめして上がる

歪みたる家の障子を入れにけり

竹伐つて隙間の空を覗きをり

八月も晦日の雨となりにけり

風の盆風に曳かれてゆく如し














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