再生への旅

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zoom RSS 今日の教外別伝・現実と理想

<<   作成日時 : 2015/09/01 19:48   >>

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秋蝉や風の迷走始まりぬ 玉宗



いつのころからか「仏弟子」のほかに「俳人」という肩書きがついていることに気付いた。決して自称してきた訳じゃないのだが、いづれにしても、どっちの肩書きも無用の用たるものの最たるものだ。この無用さ願望にはわれながらいかんともしがたいところがある。人間辞めたがっているんだろう。仏弟子も俳人も、つまりそういうことなんだろうなとこの歳になって他人事のように肯けられる。思えば昔から、ひとり遊びが好きな人間ではあった。見方を変えれば、現実に痛めつけられ、理想に痛めつけられた狎れの果てといってもよい。お坊さんにあるまじき凡庸な、そして物騒なもの言いかもしれんが。

なにごとも思い通りにはいかないことの多い現実であるということで、思い通りに行かないことが前提の現実であると思い定めて生きていくことにしてはいるのであるが、それにしても折々にああでもない、こうでもない、ああしろ、こうしろ、ああしたい、こうしたい、と自分にも人にも注文やダメだし、あるべきようをいいたがる私がいる。理想を成し遂げられない現実に絶望したりするのであるが、それはまた見ようによっては現実になんの変化も来さない理想に絶望しているようでもある。

ところで、その現実とはなにか。それが妄想という魔物の産物でなければ幸いだ。理想と現実。
それは反対語なんだろうか?双頭の蛇のようでもあるし、手の裏表、足の左右のようでもある。正体を知ろうとすれば手をすり抜けていくようなもどかしさ。現実、現実と云ってばかりいるというのも胡散臭いし、また、理想や理屈が先走るのも、なんか危うく、ついていけないと敬遠するようになった。大人は現実を口実にして現実を脚色しているようでもあるし、若者は理想を口実にして現実に目をつむり受け入れようしなかったりしているようにも見えたりする。いずれにしても、正直なところ私には徒党を組むことへの謂われなき違和感がぬぐいきれないで今日まで生きてきた。

仏道の本題でもあるいのちの話をしよう。
息をして生きている事実の今、仮にそれを私と云う。生きているいのちの事実。当たり前のところから人生は始まる。そしてときに人はそんな当たり前の事実を忘れてしまう。その挙げ句に生きていかなければならない私の理想などといったものを妄想し出す。糸瓜に理想があるだろうか。犬や猫に理想があるだろうか。悪人に理想がないのだろうか。善人に理想があるのだろうか。過激に、理想を持って生きていくとはどういうことか。理想は今、ここにないものなのか。あるものなのか。なくてはならないものなのか。理想がなくても喰うて生きていくにはなんの支障もないかのようではある。そんな代物と人間を一緒くたにするなと叱られそうだが、理想を掲げたがる人間様の進歩観が畢竟どれだけの現実を齎したのだろうかと思わないではない。

いのちしている事実のなんともなさの真っ只中に理想や理屈も備わってはいないのだろうか。それは余りにも楽観的なものの捉え方だろうか。現実的ではないのだろうか。正義という理想。平和と云う理想。勝者という理想。安心という理想。得るという理想。捨てるという理想。迷うという理想。悟るという理想。生という理想。死と云う理想。理想とはなんだろうか。いのちに理想は必要条件なんだろうか。現実とはなんだろうか。というより、「道」は理想も現実もわがものとして自由自在に使いこなしているに違いないのである。

本来、いのちには道の本分が備わっていると思いたい。仏道の真っ只中とは、偏らない、いのちの全きさ加減を称揚している。「中道」とはどっちつかずの、いい加減さを勧めているいる訳でもなかろう。まさに、事に当たり、理に当たり、「道に中る」ということ。平和の理想を掲げて争う人間の現実がある。万物の霊長などと云われて良い気になって、浮かれている場合だろうか。理想と現実に迷っているのはだれか。自らの迷悟、生死を点検してみるのもいい。理想も現実も同じ穴の狢。欲望と云う名の百面相なのかもしれないのだから。





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「人生」

床の間に一夜活けたる花野かな

閑さうな男がひとり鳴子守

棺より仰ぎし空の高からむ

石榴熟れ裂けて爛れて割れにけり

秋蝶の闘ふごとく睦みあひ

菊の香を纏へる征夷大将軍

赤蜻蛉風を手玉に飛び交へる

葛の葉の裏吹き返す野分かな

人生が土手の南瓜であつたなら

いふなれば遮二無二に生きて藪枯らし



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「置き去り」

倒れ伏す穂草も二百十日かな

八朔の仏の母に栗おこわ

置き去りにされたるやうにいぼむしり

なにごとかおはすと螻蛄の鳴くならむ

夜やかなし親の喧嘩にがちゃがちゃと

後朝の別れもしるき草雲雀

鈴虫や月を枕に眠るとき

邯鄲や秘め事多きあたら夜の

忽せにできぬ夜や更けつづれさせ

きりぎりす鋼の如き夜が来て













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