再生への旅

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zoom RSS 究極のお節介

<<   作成日時 : 2015/09/23 20:30   >>

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散りやすき秋明菊のあかるさよ 玉宗


宗門には「自未得度先度他」という指標がある。「自ら未だ度らざる先に他を度す」となり、自らが救済される前に、まず他人を救済し、幸せにしようと願うことである。そして、大乗仏教の菩薩が理想とした衆生救済の論理である。利他救済の心のことであり、それこそが菩提心を起こすということで、発菩提心とも謂われる。 道元禅師のお諭しにも以下のような同様の宗旨を敷衍するようなものがある。

「己れ未だ渡らざる先に一切衆生を渡さんと発願し営むなり」
「発心とは、はじめて自未得度先度他の心をおこすなり。これを初発菩提心といふ。この心をおこすよりのち、さらにそこばくの諸仏にあひたてまつり、供養したてまつるに、見仏聞法し、さらに菩提心をおこす、雪上加霜なり。」
「衆生を利益すといふは、衆生をして自未得度先度他のこころをおこさしむるなり。」
「自未得度先度他の心をおこせるちからによりて、われほとけにならんとおもふべからず。たとひほとけになるべき功徳熟して円満すべしといふとも、なほめぐらして衆生の成仏得道に回向するなり。」

己を空しくしなければできないことであるが、自らが未だ度されてもいないのに人を度すとは一体どんなお節介なのだろうかといった疑義を抱く人もおられることであろう。私も以前はそうであった。迷いを払拭し切れてもいず、悟りも得ていず、救済も未だ不十分な者にそのような資格があるのだろうか、そのようなことが可能なのだろうか、と。

問処に答ありと言われる。ここにもまた宗門の「悟り」「救済」「度」「菩提」と謂われるものが如何なる筋合いのものなのかが窺われる。「悟り」「救済」「度」「菩提」がないのではない。それを得ることが容易であるとも困難とも言ってはいない。自他の二見を立てること自体がすでに仏道の本義を遠く離れていることに気付かなければない。「悟り」「救済」「度」「菩提」は私の見解ではない。私の強為ではない。私の都合ではない。来るとも去るとも見えぬながら遥か彼方から訪れるものだという前提が垣間見られはしないか。裏と表が永遠に出会うことがないながらも、永遠に一体であるように。いのちとは是く如く深々微妙なるものだ。

「未得」とは「既得」と同義だと言っているのである。当然ながら「未既」は知見の先の話である。又、「度」が私一人の威儀だと思ってはならない。俗にも「徳は孤ならず」と云われる。「度」もまた「孤ならず」であるが、もっと宗旨に添って言えば「度」は「自他の二見」の地平の話しではないのである。全て一切衆生と共にあるかどうかが「行」の真偽を分けるのであり、「悟り」「救済」「度」「菩提」の深浅を定めるのである。釈尊成道の因縁を忘れてはならない。

換言すれば、そのような「道の通塞」を弁えてこそ、「眞の発心」なのであり、「誓願に生きること」が可能となるのであろう。究極に自を利するとはどのようなことか?他を利するとは如何なることか?己れ空しく生きるとはどのような様子なのか?「悟り」「救済」「度」「菩提」も千差万別である。定まった調度はない。畢竟、仏道とは自己本来の面目の再生・創造を繰り返す無為の行なのである。如何に況や他己に於いておや。お寺はそのような方便を弄する人間救済の窓口であり、現場でなければならないのが理想である。他のことを云々する以前に、私自身が那辺を厳しくを点検し、学んで、実践して行かなければならない


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「ことば」

死ぬことの動かぬ証拠夕すゝき

秋の蝶それどころではないやうに

空は太古のことばの固さ椿の実

彼岸花つぐなひきれぬ血の色の

杜鵑草ことば空しく佇める

その日暮らしの腰の低さや藤袴

草紅葉別れのことば吐くやうに

芒穂にゆくへの知れぬ雲ばかり

捻くれて月に太りし秋子かな

みちのべの野菊に慕情かぎりなく

人はみな何かに追はれ秋の暮



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「亡国」

螻蛄鳴くと信じて任を解かれたる

文弱に無駄骨ありぬ西鶴忌

蓑虫や浮いた話もなかりけり

コスモスの気のすむやうに風立ちぬ

蜻蛉追ふにはいい年をしてしまひけり

紫蘇は実にまぬがれ難く死ぬる世の

えのこ草夕日を受けて影孕み

亡国のうら淋しさをいぼむしり

芋の葉の大きな耳がはためきぬ

花はみな色を尽くして秋寂びぬ

稲架日和山越えて来る薬売り


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「釣月耕雲」

来て見れはすでに秋風大乗寺

月を釣り雲を耕し永平寺

總持寺の丘なだらかに秋夕焼

みちのくの稲穂の奥や正法寺

手入れせし火伏せの松や秋葉山

銀杏の落つるやもせぬ瑞応寺

仏舎利に釣瓶落つるや日泰寺

秋深く山深くして最乗寺

且つ散るも床に飾りや詩仙堂

秋澄める沢の音にも永光寺

鬼の子を励ます風や興禅寺





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