再生への旅

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zoom RSS もの思う手、考える足

<<   作成日時 : 2015/10/30 17:37   >>

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もみづるや血脈つひに仄暗く 玉宗


もの思う秋だという。
世に考える葦とは西洋からの受け売りである。我思うゆえに我あり、なんていうものまである。まさか人間であるからにはものを思わねばならないといったような義理が秋にある訳でもなかろうが、秋になると自ずからもの思いに耽るひとときが多いということは解る。実際のところは思っても思わなくても、それなりにものごとは諸行無常して今がある。もの思いだけではない。私という存在があっても無くても世界の趨勢には殆どないに等しい影響力ではある。然し、そのような鵺のような代物に左右されやすい存在でもあることを折に触れて痛感する。もの思い、もうそれはほとんど、本能とでもいうような始末の悪さがあり、人間らしさの中でもとびっきりに抜き難い癖のような代物なのである。たかがもの思い。されどもの思い。
 
「もの思い」は、人類が生き伸びるための権利でもあり、義務でもあり、甘露でもあり、刃でもある。「もののあわれ」と云ったときの「もの」ではなく、「物」一辺倒に成り上がり、或いは成り下がった現代文明。そのような代物を謳歌している人類の断末魔とでも云うべき賑わいがある。それはもう殆ど訳のわからない先行き不透明さである。もの思い、それはどこまで人類の未来を保障するものなのだろうか。

科学という「もの思い」は世界を知るための一つの手段であるが、人間にとって、つまり限りあるいのちにとって、それは全権をゆだねられた手段ではないようにも見える。すべてを科学的に知ったところでどうなんだろう。全知全能の神様なんて、その無聊たるや筆舌に尽くし難く、神であることすら放棄したくなるのではなかろうか。秩序がある。混沌がある。タブーがある。かたちがある。何かがある。何もないかもしれない何かがある。絶望という思いを越えたものがある。規則のようなものがある。それにしても、ものには限度がないのだろうか。そこにはなんらかの神の意志があるのだろうか。

御嶽山が噴火して、季節の移ろいや自然の雄大さ、美しさを讃嘆していた我々に、山の本質、実相の一端を見せてくれた。実に自然は人類に恩恵を与える神の宿りであると共に非情な振るまいを見せる悪魔の帷でもある。科学というもの思いは、儚い存在である人間に、ある意味で人間を越えた永遠の定義を教えてくれるのは確かであるが、然し、御嶽山の噴火自体は科学であろうが、それは人間の思いを遥かに超えてやってきた。科学と云う名の宗教、神話に浸っていた人間は暫しうろたえるしかない

そんな意地悪な見方をしてみてもはじまらない。自然から学ぶことは尽きない。人はものごとの実相を直見するに耐え得る眼力、体力、脚力、手腕を身につけなければならんのだろう。

「自らを知らむことを求めるは生きるものの定まれるならひなり」

考える葦どころではない。身心一如、心物一如。如何ともし難い現実の真相。身に即し、心に即し、物に即し、一如に即し生きて行かねばならん現実なのではある。考える足、もの思う手を以って、厳しくも麗らかな二律相反し、双頭の蛇の如き現実を生き伸びて行かねばならん。実に、人間という代物は逞しいのだか、弱々しいのだか訳が解らん存在ではある。それはもう殆どその自然界と寸分たがわぬ分身のような矛盾した存在なのである。



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「顔をして」

誰もゐぬ巣箱に秋の日が差して

もの干して秋や時雨のひと騒ぎ

林檎売る上の空なる顔をして

烏瓜身に添ふ影もなかりけり

松手入れせしより無断外出す

暗き世にひとり気を吐く石蕗の花

買物へ釣瓶落としの顔をして

冬眠に入らむと用を足しに来る

秋蝶の忘れないでといふ風に

隠したり縛つたりして冬用意

秋遍路乗り遅れたる顔をして

冬といふ仇なるものが隣りして


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「弁当」

坂鳥やあさき夢路の覚めぬ間に

芒穂に狎れの涯なる気安さの

夢ばかり見てゐて秋を蔑ろ

赤とんぼいたずら書きをして帰る

もみぢ弁当喰ふに日向を探しをり

嫁に入る雨に艶ます照紅葉

能登路より加賀によこたふ紅葉山

花とひらく廓に秋のしぐれ傘

花園に紙飛行機の不時着す

暮れてゆく空のあかるさ雁渡る

甘いものに目がない母へ鶴来る

冬隣底の見えたるあかるさの



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「戻る」

柿熟れて烏の歩く屋根の上

松を吹く風の音にも冬近し

来た道を戻れとばかり芒ゆれ

秋深く賽銭箱が頑として

焚火せし父に日暮れの匂ひして

根釣より父たそがれて戻りけり

鹿ねまる抱いてごらんといふやうに

夕さりし風のつめたさ芋煮会

紅葉渓身を捨つるには恰好の

夜学より戻りし姉の大人びて

鵙の贄日は金色に落ちゆけり

我輩をなきものにして秋の暮




















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「顔をして」

誰もゐぬ巣箱に秋の日が差して

もの干して秋や時雨のひと騒ぎ

林檎売る上の空なる顔をして

烏瓜身に添ふ影もなかりけり

松手入れせしより無断外出す

暗き世にひとり気を吐く石蕗の花

買物へ釣瓶落としの顔をして

冬眠に入らむと用を足しに来る

秋蝶の忘れないでといふ風に

隠したり縛つたりして冬用意

秋遍路乗り遅れたる顔をして

冬といふ仇なるものが隣りして


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「弁当」

坂鳥やあさき夢路の覚めぬ間に

芒穂に狎れの涯なる気安さの

夢ばかり見てゐて秋を蔑ろ

赤とんぼいたずら書きをして帰る

もみぢ弁当喰ふに日向を探しをり

嫁に入る雨に艶ます照紅葉

能登路より加賀によこたふ紅葉山

花とひらく廓に秋のしぐれ傘

花園に紙飛行機の不時着す

暮れてゆく空のあかるさ雁渡る

甘いものに目がない母へ鶴来る

冬隣底の見えたるあかるさの



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「戻る」

柿熟れて烏の歩く屋根の上

松を吹く風の音にも冬近し

来た道を戻れとばかり芒ゆれ

秋深く賽銭箱が頑として

焚火せし父に日暮れの匂ひして

根釣より父たそがれて戻りけり

鹿ねまる抱いてごらんといふやうに

夕さりし風のつめたさ芋煮会

紅葉渓身を捨つるには恰好の

夜学より戻りし姉の大人びて

鵙の贄日は金色に落ちゆけり

我輩をなきものにして秋の暮












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