再生への旅

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zoom RSS 今年一年をふり返って・その1、俳句のことなど

<<   作成日時 : 2015/12/28 18:30   >>

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葱抜いて戻ればいつも日の暮れて 玉宗

今年もあと僅か。一年を振り返ってみようか。
若いうちは一日が早く、一年は長い。老いると一日が長く、一年が早く感じるという。確かに、そのような実感はある。なぜだろうか。若者は夢に生きており、老人は思い出に生きているからと云ったは誰であったか。
まあ、そのような詮無いことはともかく、ふり返ればあっという間の光陰で、一年というもあってなきが如くの有様。そうではあるが、しでかしてきたことの積み重ね、その最前線の今であるには違いなく。

先ずは俳句のことをふり返ってみよう。
今年も一日10句以上を課して更新し続けた。もうかれこれ5年以上になるのだろうか。だれに頼まれたわけでも、強いられた訳でもない。自己鍛錬といった意味合いのところからはじめた作業ではあったが、今では些か境地に変化が兆して、まるでわが一日の色付け、情感による再確認といった様子を呈して来ているようだ。いずれにしても、夕刻、約一時間の暇を見つけての作業ではある。

そのような日常ではあったが、ご存知のように第三句集「安居抄六千句」を上梓させていただいた。第二句集以来の作りっぱなしの句数が結構な数あって、まあ、そのまま打ち捨てもよかったのであるが、能登の田舎の一隅に市堀玉宗という俳諧坊主の存在を還暦という名目でぶちかました訳である。

句数六千句もさることながら、文庫本という体裁とも合わせて、俳句界へ一石を投じるといった捻くれた思いがなかったといえば嘘になる。人と交わることを潔しとしない人間が俳句という大衆文芸に手を染めていること自体が大いなる矛盾を孕んでいるのだろう。一人きりで自足している文芸、それも俳句といったもの、モノローグ俳句の危うさ、カタルシス、腐臭といったものを危惧しないではないが、それを差し引いても余りある個性の輝き、私一人の文芸という屋根裏部屋から覗く星空を疑うことができなかったのでもある。

さて、その非常識な句集への反応であるが、少ない反応の傾向を分析するに、所謂自称俳人先生といった方々からの評価はなくはなかったが、今のところ「静観・無視」といったところが大勢のようである。一方の俳句初心者や全く俳句の素人然といった方々からの反応は、私にとって自己確認のキーワードとなるようなコメントを戴いたものである。紹介はしないが、それはどのような次第なのかと私見を述べれば、素人の目や感性に反応しやすい俳句、そのアンテナに交信されやすい俳句であったということなのだろうと思ったりする。

まあ、平たく言えば、私の俳句は素人俳句の域を出ていないからだといった見解もあるだろう。そうかもしれんが、そうだと言い切るには素人らしからぬ日々の俳句への傾斜ではあるなと、わがことながら不思議なわけでもある。

しかし、コメントや批評をしていない方々の見解といったものも潜在しているには違いなく、わが俳句、わが句集への自己評価をするには拙速ではあるし、無益な所業でもある。日々、無心に俳句を作ることのみを幸いとし、行としつづけていくばかりだと肝に銘じるに越したことはない。

俳句も仏道も日々、自己更新の今があるばかりだ。過ぎたことも、先のことも、今を生きる私の光や影の投影にすぎない。わたしはわたしの俳句を作り続けてゆくばかり、といった月並みな今年の俳句総括とはなった次第ではある。

ここをお借りして、句集を目に留めてくださった方々、コメントや批評を寄せてくださった方々にお礼を申し上げる。合掌。


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「こんなあんなどんな」

海山を暗めて能登の雪起し

ポケットの底抜けてをり着膨れて

こんな夜は河豚を身酒に憂さを晴らすに

しがなしと思ひながらも燗熱く

冬木瓜や日照雨の過ぎしあかるさの

雪女郎あんな男を寝取るとは

阿闍梨とは申せどただの雪男

狼を飼ひ慣らしたる少女とか

襟巻の姉に恋して以来なり

隙間からどんなもんだといふ風が

黒木積み終へたる夜の吹雪かな

ここもまた最果ての地ぞ虎落笛



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「おつり」

門松を立てたる宵の蒼ざめて

いつもとはちがふ枯野に出てしまふ

だうしろといふのか冬を縛り上げ

笹子鳴くあたりに至り豹変す

おもふことしきりなる夜や葛湯吹く

数へ日のおつり貰つてゐるところ

父といふをかしなものが頬被

おもしろきことのなき世を着膨れて

夕さりし雲に急かされ餅配

年越すに僅かばかりの浪費して

雪来るとおかずを一つ付け足しぬ

楪や生が終れば死も了り



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「何食はぬ」

雲水が寄って集って餅ついて

餅つくや厨の明かり溢れしめ

餅つきの客船のごと賑はへり

さうじやない餅はかうして搗くのだと

餅をつくほどの馬力はあるらしき

餅の上に餅を重ねてめでたさよ

何食はぬ顔の神前餅供ふ

夕星に急かされ里の餅配

山越の小僧使はす餅配

まちがへて置いてゆきたる配り餅

餅つきを終へたる夜の深みかな



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市堀玉宗第三句集『安居抄六千句』

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