再生への旅

アクセスカウンタ

zoom RSS 今日の羊頭狗肉・等三輪空寂という御利益

<<   作成日時 : 2016/01/28 18:34   >>

トラックバック 0 / コメント 0

画像


雪安居雪降る音に目覚めつゝ 玉宗

寒行托鉢も残り一週間となった。
今日まで風邪もひかずになんとかやり通している。還暦となってやれるものかどうか、途中でへこたれるのではと我ながら危ぶんでいたのではあるが、まあ、なんとか続いている。先日の大雪で道の状態が悪くなり、足の裏に肉刺ができたようである。初めてのことだ。

毎日三時間から四時間。鈴を振って、お経を唱えながら市内を歩いて廻る。門付けではなく、「流し」である。喜捨を希望する方に呼びとめられ、或いは玄関に待ちかまえて居られたりして喜捨を受けるのである。私は基本的に「ありがとう」とは言わない。施す方も受ける方も、功徳を積んでいるお互いであるというのが托鉢行の理念である。尊敬はするが個人的私欲のやり取りではないから、「ありがとう」とは言いたくないというのが正直なところではある。

中にはお坊さんに喜捨することで御利益を期待されているのがあからさまに解る方がいるが、ご利益にもいろいろあるから、いちいち説明する訳にもいかない。また、相手もいちいち御利益の説明を希望している訳でもないようなので、先方の期待する御利益を勝手にイメージしてもらっている訳であるが、托鉢行の御利益といったものをはっきりさせておこうか。

喜捨を受けた折に私は次のような偈文を唱えている。

「 財法二施 功徳無量 檀波羅蜜 具足円満 乃至 法界平等利益 」

ものにおいても、こころにおいても、金銭においても、「施す」という行為には仏道世界の欠けることのない円満な功徳が備わっている。布施と云う貪りを離れる解脱の実践。威儀即仏法。修証一如。いまま、ここに、それが成就していることに目覚めること。仏道と云ういのちの頂き方がある。坐禅や公案や作務と同じように托鉢もまたそのような「空なるか畢竟空なる」いのちの実相に目覚める機縁なのである。

「等三輪空寂」

御利益も又そこに尽きているとおもっているのだが、どうだろう。



画像


「調子」

雪野原見渡す限りふるさとの

雪掻いてそのまゝ川へ抛りけり

ポケットに飴玉一つ冬鳥来

夕さりて調子づいたる寒念仏

僧なれば寒きこの世に鈴を振り

夜や晴れて屋根に雪積む葛湯かな

雪晴の山越えて来し薬売り

雪踏んで節分の布令廻りくる

風邪を引くにはいい歳をしてしまひけり

調子いい男に燗を付けさする

雪掻きのさ中の雪となりにけり

遊ぶ子の声する雪の夕暮れの


画像



「空の便り」

寒鯉の水にゆらぎのなかりけり

風雪の傷みも少し寒椿

雪折の切先雪に喰ひ込めり

蝋梅の滴り落ちし雪の上

夢破れ川へ葬る雪礫

子を連れて先祖の墓の雪を掻き

待つことに慣れてしまひぬ着膨れて

風花を空の便りと仰ぐかな

氷柱折る銀河に腕を差し伸べて

空のいろ風のにほひも春近く

寒海苔やときに白羽の浪がしら


画像



「道」

猫と生れ春待つほかになかりけり

見えずとも仏へつづく雪のみち

着膨れて鬼のさびしさ味はへる

細くとも一丈の滝初不動

家といふ泪の壺天氷柱して

臘梅の雪に滴る花の色

雪しぐれ曳き売り橋を渡るとき

風花の沖より舟の戻り来る

雪女なりしか道を譲りしは

朝霜の土間にはりつく足の裏







・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

市堀玉宗第三句集『安居抄六千句』

画像



出版元である邑書林へ申込の方はこちらから↓お求めください。 

邑書林http://youshorinshop.com/?pid=91226737











テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
今日の羊頭狗肉・等三輪空寂という御利益 再生への旅/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる