再生への旅

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zoom RSS 今日の以心伝心・花のいのち

<<   作成日時 : 2016/03/30 16:34   >>

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白雲の行方も知れずあたゝかし 玉宗

彼岸も過ぎ、あたたかい今日この頃。日本各地では桜の便りが聞こえるようになった。金沢では開花宣言をしたようだが、輪島はまだ。四月に入ると間もなく「輪島曳山祭り」があり、桜もそうだが、春の空が開けてゆく。まさに北国に春を呼ぶ祭りといったところ。

さくらの花にいのちのあり様を重ね合わせ、人生を学ぶ精神的伝統がこの国にはある。花だけではなく、山にも空にも海にも、自然界はもとより、ありとあらゆる世界に学ぼうとする魂。それはそのまま人としての諸行無常のいのちを如何に引受けていこうかという人生の姿勢ともなろう。

花のいのちの潔さ。儚さゆえの美しさ、哀しさ、虚しさがある。そして儚く、無私なるが故の逞しさ、やわらかさ、こだわりのなさ、ひろやかさ、なんともなさがある。いのちは光りと影を兼ね備えている可能性そのもの。生は死を俟つことによって生となり、死も又生を全うすることによって死となり得る。その領域に私の都合は入り込む余地はない。

そのような矛盾なる存在ゆえの生きる力。生には生の今現成の成仏があり、老には老の今現成の成仏があり、病には病の今現成の成仏があり、死には死の今現成の成仏がある。生老病死、いつもなんともないいのちの今があるばかりなのだということ。それを成仏とは言いたい。

誰もが初めての自己のいのちを戴き歩まなければならない。人生とは学びの旅そのもの。そして諸行無常に学ぶとは、つまり、そのような真相の自己のいのちをあきらめず、腐らず、貪らず、あるがままに生きることにほかならない。いのちや人生にそれ以上の何を期待してよいのか私には解らない。いのち、大事に。合掌


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「下野」

春蘭のぬるりと花をさしだして

かたかごの驚く花のかたちかな

明日葉や傷舐めて雲追ひかけて

虎杖や海霧襲ひ来る浜辺

ゆふべよりあした淋しき土筆かな

野に下る男ありけり破れ傘

茅花抜くまだあどけなき恋をして

母ひとり子一人草と寄り添ひぬ

子は父を殺めて草となりにけり

はこべらを差し挟みたる鶏舎かな

蝮蛇草まだ毒もたぬさみどりの

蕨狩り苦労重ねし二人して

寺跡とて一輪草の咲くばかり






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「なりそこね」

春蘭の咲くといふより濡れてをり

仏弟子になりそこねたる土筆かな

看経もならぬ蛙のめかり時

父の植ゑし海老根ぞ父の淋しさよ

落人の裔とし生まれ蕨狩

青き踏むやり直せるとおもひつゝ

朝寝してほとほと遠き足の裏

われなくてよかりしこの世亀鳴きぬ

葬送を戻れば田螺ゐずなりぬ

終活に手をこまねいてあたゝかし



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「やぶへび」

チューリップ手にして怒る気になれず

パンジーのおちょくるやうに咲いてける

仏みな脇より生まれひこばゆる

川柳風を手懐けはじめけり

桃咲くや陰ふれあへる道祖神

雪国の空はじょっぱり花林檎

熊谷草月もかよはぬ谷底の

黄水仙光りぶちまけ群れ咲きぬ

木蓮のいさゝか開き過ぎかとも

つばくろの空すり抜けて来たりけり

やぶへびの春筍にけつまづく

正夢のごとく初蝶来たりけり

昼酒は国を滅ぼし亀鳴かせ

見ごろなら十日先なる桜とか

春愁が松ぼつくりを蹴りもして










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