再生への旅

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zoom RSS 今日の木偶の坊・大愚良寛の韜晦

<<   作成日時 : 2016/03/09 18:42   >>

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パンジーの裏が表であるやうな 玉宗



能登も漸く春めいてきた感がある昨日今日。ものの目や草萌が目に付くようになった。風もなんとなく軽々しい。今月13日は興禅寺の涅槃会。前日には檀信徒が寄って涅槃団子作りである。二月は旧輪島市内で、三月は門前町内の寺院が涅槃会を営む。涅槃会が済むとほどなく彼岸会。暑さ寒さも彼岸まで。気分も些か前のめりになる。春風に誘われて魔が差すことも多かろう。尻がむずむずする季節とでも言おうか。凡人たる所以。

良寛さまが玉島の円通寺を送行されて、郷里の越後地方に姿を見せるまでの数年間はどこでどう暮らしていたのか良く知られていない。しかし、一つだけ史実として伝わっている象徴的な出来事がある。そこには世間に流されないで韜晦している良寛さまが垣間見られて興味が尽きない。浮ついたところがないのである。

江戸時代の国学者・近藤万丈が、その書に三十七歳ころの良寛さまの姿を書き残していたのである。万丈が土佐を旅していた折、雨宿りを乞うたのが偶然にも良寛さまの庵だった。その後数十年経って越後の良寛禅師の名を知る。あの時の、雨宿りをさせてもらった不思議なお坊さんこそ、この世に知られた良寛さまに違いないと思いだし、『寝覚めの友』という一文を書き残した。

「己れ万丈、齢いと若かりし昔、土佐の国に行きしとき、城下より三里ばかり此方にて、雨いたう降り、日さえ暮れぬ」

山麓に破れかかった庵があり、雨宿りを乞うた。うす暗い庵の中に「色青く面やせたる僧のひとり炉をかこみ居り・・」万丈が一夜の宿を懇願すると、かの僧は次のように答えたという。

「食うべきものもなく、風ふせぐべきふすまもあらばこそ」

万丈は食べ物がなくても結構と、一夜の宿を許してもらった。この僧と夜おそくまで炉を囲んでいたのだが、「初めにものいひしよりは、ひとこともいわず、坐禅するにもあらず、眠るにもあらず、口のうちに念仏唱うるにもあらず」

話しかけても「ただ微笑するばかりにてありしぞ」この僧は狂人ではなかろうかと万丈は訝りさえした。

「其の夜は炉のふちに寝て、暁にさめて見れば、僧も炉の縁に手枕して、うまく寝て居ぬ」

「さて、明けはてぬけれど、雨は宵よりもつよく降りて、立出づべきようもなければ、晴れずとも、せめて小雨ならんまで宿かし給わんやといふに、いつまでなりともと答えしは、きのう宿かりしにもまさりて嬉しかりし」

「ひの巳の刻過ぐるころに、麦粉、湯にかきまぜてくらわせたり」

「庵のうちを見るに、ただ木仏ひとつたてたると、窓のもとに小さきおしまづき机据え、その上に文二巻おきたるほかは何ひとつたくわへ持てりとも見えず」

「この文何の書にやとひらきみれば唐刻の荘子なり」

その本には漢詩を書いた紙が挟んであった。それは本人になるものと思われる草書体の流麗な文字が連ねてあった。万丈は感服し、荷物から扇子を取り出し揮毫を依頼した。

「言下に筆を染めぬ」

翌日、宿と馳走のお礼にお布施を差し出すが、「かかるもの何せん」と言って受け取らなかった。その代わりに紙と短冊を差し出したら、その僧は喜んで受け取ったという。

その後、良寛さまは故郷の越後で世の喧伝された逸話の庵居生活をおくる。村の子供たちと日の暮れるまで、かくれんぼや踊りで遊び、村人に誘われれば一緒に酒を酌み交わし興じる。放蕩息子には涙を以て諭す。愚か者と揶揄されながらも、立身出世も名誉も名声も求めないその生き様。

円通寺送行後の韜晦。それは徒ならぬ「捨て身の実践」ではなかっただろうか。世間的な常識も、仏法さえも捨て切り、その時、その場にとけこむ「ただの人」になったのである。恰も、見た目には木偶人形や石女のごとき、世情、人情を超越した「いのちそのもの」になり切っている姿。ほんものの人間の姿がここにある。私はこれを成仏の実物と言いたい。



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「まぬけ」

奥能登の沖霞みたる峠越え

頭悪きをだうしたものか地虫出づ

起きぬけの貌はまぬけぞ木の芽風

春風に手を拱いてゐるところ

曲水の痺れ切らしてゐるらしき

ヤドカリの腰を浮かせて歩むなり

種殻をつけて双葉の伸び已まず

自転車に乗りて風生む弥生かな

磯遊びだうにかなると思ひつゝ

いまひとつ本気になれず野に遊び

菜の花の光りぶちまけゐたりけり

風に破れし垣根の中や茎立菜


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「男」

春めいてはっきりしない男かな

若布刈舟ひねもす海を傾けて

膝揃へ飯食ふ男彼岸西風

雀の巣しづかに朝の明けにけり

臭い飯食うて目刺を焼く男

どちらかといへば甘党桃の花

男根を神と崇めてあたたかし

椿落つ断頭台の高さより

野に下る男ありけり破れ傘

諸葛菜未だ三顧の便りなし

朧夜へ罷り出でたる尻尾かな

待たされて沈丁の香の中にをり

見も知らぬ男にもらふ風車



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「たり」

初音せる空に油断をしてゐたり

遅き日を横になったり縦になったり

筆箱に封じ込めたる余寒かな

風呂敷に朧月夜を持ち帰る

春蘭のいましうすぎぬ脱ぐところ

蒲公英や山越えてゆく雲ひとつ

泣いた子の笑ふ菜の花明りかな

家を出て家の恋しき犬ふぐり

投函のことりと月も朧にて

髪を剃るほとけの遊び山笑ふ

お茶ばかり飲んで老いゆく初音かな

囀りや怒ってみたり笑ったり










鳳来山永福寺晋山記念事業ご案内


永福寺(鳳来堂)は昔より霊験あらたかな観音霊場、地蔵尊の祈祷寺として多くの信仰を戴いてまいりました。約百年前に門前総持寺膝下にあった永福寺が輪島の信者の皆さんに守られて来た由緒ある仏さまと合体して今に至り、私・市堀玉宗代まで七世の住職が任を務めて参りました。

その間、社会的にも様々な変遷があり、輪島の宗教事情や市民の宗教感情、意識もまたゆるやかではありますが変化しつつあるところです。しかしながら、社会の変化の中で私どもはお寺の存在をこれからも世に問い続けていかなければならないものと考えております。

ご存知の様に、永福寺には檀家がありません。今日まで多くの信者の皆様に支えられて参りました。つきましては、この度永福寺新命和尚の晋山式挙行に当り、左記の要領で基金を募ります。住職にとっても、信者の皆様にとっても生涯に一度の結縁です。広く布施の願行をお勧めいたします。

お申し込みの方には記念品贈呈の上、法要に当り祈願、供養の回向をいたします。
法要に際しましては、おさそい合わせの上、多くの皆様の参拝をお待ちしております。合掌

晋山式記念事業等の内容

1、平成28年11月3日晋山式大法要
2、記念事業 (境内整備等)
3、記念書籍刊行
4、稚児募集 (募集開始は夏以降)

◎基金募集

晋山式事業基金を次の要領により募集します。 

募集期間 2016年1月より2016年10月まで
募   金 一口・5000円(何口でも結構です)
送金方法 「晋山式基金」と明記のうえ、郵便振替口座でお送りください。
送金先  郵便振替口座 加入者 永福寺 口座記号番号 00750・5・101412




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市堀玉宗第三句集『安居抄六千句』

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