再生への旅

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zoom RSS 寺報・釈尊降誕会

<<   作成日時 : 2016/05/13 16:47   >>

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花は葉に逃げ果せたるおもひあり 玉宗


興禅寺寺報・5月号

ブッタのことば

鳥たちは自分の翼だけをもっていく

ものをもたない生き方がすばらしいのです。

何もないことを喜べるのが、理想的な人格なのです。
 
ブッダは比丘たちに言いました。

「鳥たちはどこに行くにしても、自分の翼だけをもっていく。

何も荷物はない。

しかし、どこにいても完璧である。

だから比丘たちも三衣一鉢だけでいいのだよ」と。

何ももたない生き方は、どこにいても自由で、何も欠けることがないのです。


○五月十六日午前十時半より 釈尊降誕会・花まつり

差 定 ・午前十時半打ち出し

降誕会 

献灯諷経 

法話 方丈

講話

設斎 



昨年は交番の署長さんにお話をしていただきました。
今回は元輪島市立病院の総婦長さんにお話をしてもらうことになりました。当日は参拝者の中で希望の方に血圧測定をしていただけるそうです。看護師時代の苦労話や暮らしのヒントなどを聞いていただけると思います。お誘いあわせの上、お参りください。   合掌

講 話 元輪島市立病院看護部長(総婦長)中崎和枝氏

 

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「ふらり」

衣更へて畳の上の肘枕

折からの卯の花腐し是非もなく

埒もなく麦の秋風聞くばかり

麦こがしふらりと食べてみたくなり

蓮浮葉雨粒ひとつ二つ三つ

くろがねのうら哀しさの鵜なりけり

白鷺の鳴くといふより悲鳴なり

傷舐めて雲追ひかけてゆく青野

くちなはの首を濡らさず泳ぐなり

老鶯のなかば投げ遣りにも聞こゆ

暇さうな蟻がゐぬかと見てをりぬ



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「棒」

都忘れ飾らぬ日々のまなざしの

花あけび空青くして燻れる

よく見れば小糠雨ふる栗の花

水木咲くかつて犬死せし辺り

蝶となり海を渡らぬ花ゑんど

毛虫さへ死にゆく当てのあるらしく

この町も老人ばかり苗余る

海原を超えてきたりし蝶かとも

あめんぼの影もろともに吹かれをり

小判草振れば外れの音したり

孑孑が棒になったりなれなかったり

玉葱が尻のやうなる顔を出し

幸多かれと目高を連れて帰りけり

苗植ゑし夜のすさびを愛し合ふ

四十雀いや五十雀ではなからうか

蕗の葉も赤子包めるほどとなり



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「脱力」

しばらくは箍のはずれし昼寝覚

女体めく実に見事な蚊なりけり

金魚売る男に指の足らざりし

いつの間に知恵付きし子や金魚飼ふ

水掻きのなきを怪しむ昼寝覚

朝よりゆふべさびしき金魚かな

思ひ出せぬ肉のいらだち若葉影

廃墟より戻りし毛虫かと思ふ

脱力といふ力あり水馬

どうしろといふのか目高連れて来て





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